参 凍える山

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 それから早くも2カ月程経過し、焔岳は大嶽丸との原始生活に慣れを感じていた。竪穴に藁を乗せた簡素な家に住み、いくらか土を耕してそこで幾つかの作物を育てている。時折林や川で肉や魚を狩り、それを焼いて食する。これは後者はほぼ大嶽丸のみであるが、二人共この生活を楽しんでいた。 「いやあ、まさかお前さん肉が苦手とは思わんかったわい。」 「すまない、故郷を追われる前嫌なことがあったもので…」 「思い出すのか、ならば仕方あるまい。魚はどうじゃ?時々食べはするが…」 「魚はまだいい。ただ…あまり好みではないかもしれんな。肉を食べるよりはずっと良いが。」 「ほう…あ、今日の分も冷やしておいたぞ。」 「いつも助かる。其方の氷の力も便利だな。」 「そりゃ光栄じゃ。」 大嶽丸は石の囲い――肉や魚を冷やすためのもの――を見ながら言う。焔岳に獄炎を使う力があるように、大嶽丸にも氷を自在に使う力がある。それを生かすことで、生鮮食品の保存ができているのだ。おかげで、新鮮なまま魚を食べることができるのだ。 「どれ…おお、(ます)か!しかも大ぶりの…」 「これは鮭じゃ。今は秋じゃからのう、たらふく太って川に来ているらしい。」 「海とやらの魚なのか。初めて聞く…後で焼いてみよう。」 「頼もう。…そうそう、家はできそうか?」 「ああ、あとは戸を取りつけるだけだ。手伝ってもらえるか?」 「構わんよ!殆ど任せてしまってすまない…」 「良い、我から言い出したことだ。」  二人は戸の置いてある所へ行き、ひょいと持ち上げると家の方へと運び出す。戸は二枚で、それをくぼみに嵌める。後から焔岳が二枚目の戸を張ると、焔岳は一度家から数歩離れ、大嶽丸の肩をポンと叩いた。 「成り合いだ!これが我らが長屋だ!」 「ほう!これが…あれ、あまり広くはないな…?」 完成した家はこじんまりとした小屋であった。大嶽丸は恐る恐る戸を開くが、そこにあったのは6畳ほどの一部屋のみであった。 「こ…これが、長屋というものか…?もっと大きいと思ったが…」 「すまぬ、家造りは初めてだ。この限りだ。」 「まあ、良いのじゃが…寝て雨風を凌げれば良いしな…」 何ともいえない空気が漂う。とりあえず二人は中に入り、川の字になる。狭い家ではあるが、確かに風は入ってこない。シンプルではあるがれっきとした拠点である。大嶽丸は「ありがとう」と言うと、一度長屋の外に出た。 「何だ…?」 「そうそう、儂もちっと見せたいモンがあってなあ…ほれ」 「わっ!…この服は…」 大嶽丸は焔岳にいくつかの服を投げた。浅蘇芳(あさきすおう)の筒袖に茅色の袖のない袍。それから、黒い帯と赤い紐。 「お互い、今の服はかなり昔からのものじゃろ。それに焔のは上質そうだが、目立ちすぎるとも思っておった。元の身分は高かったんじゃろうが、此処で暮らすにはちと危ないわい。麻が手に入ったんで、儂の分もついでに織っておいた。」 「あ…有り難い…!加えて、我のは狩衣とやらだろう…?其方のは…?」 「水干の方が近いかもしれん。それに少し異なるな。上に着る物は袖はないし、帯で止める形じゃ。…儂のは筒袖と括袴(くくりばかま)じゃ。どちらも素材は麻じゃ、こんな山奥なら問題なかろう。」 「そう、か…?少しばかり派手なのでは…?」 「いや、お前さんはそのくらいがちょうど良いと思うぞ。」
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