亡者の夢は砂中に眠る

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 さて、夜である。砂虫(ムカビ)をかじり、木の根を吸い、ひとまずの腹を満たしたエルガは、すやすやと寝息を立てている。  座ったまま、槍を抱えているところは、まさしく武人であった。  ジアンはそっと立ち上がると、エルガの頭上から四方を指さした。白い光の粒が八つ現れる。ジアンが腕を引くと、点と点がつながり、直方体となり、エルガを包んだ。  これで、主になにか危機迫れば、わかるであろう。  むろん、みすみす危険な目に合わせる気はないし、エルガは腕の立つ武人だ。遅れをとることはあるまい。ただ自分がいやなのであった。  ジアンはあたりを散策する。 来た方角には、しるしをつけてある。自分の力の痕跡をたどり、そこへ辿り着く。  その時、自らの跡の光以外に、光っているものを見つけた。  ――火だ。 暗闇の中、火が揺らめいている。  ――人がいる。その人間が、焚火を炊いているようだった。  影を確認し、ジアンは息をつめた。  一歩、一歩、近づいてゆく。警戒しながら、――警戒させないように。 「旅の人ですか?」  近づききる前に、老女は、ジアンに尋ねた。誰におもねるでもない、空に向かって放られたような声だった。 「座っていきなさい」 「すまぬが、長居は出来ぬ」 「構いませぬ、聞いてくれるだけで……」  老女は、枝で、焚火をかき分けた。ぱちぱちと爆ぜる音が、あたりに響く。いっそう静かだった。 (これが奸術であれば、油断はできぬ)  ジアンは、エルガのもとの結界式を探った。誰にも干渉されていない。  それならば、ここで話を聞くことが、鍵になるであろう――そう考え、腰を老女の対面に落ち着けた。 「ここは、どこですか」 「ここは、ハバルです」 「ハバル……?」 「すでに滅んだ国の名です」  ジアンの引っかかりに気付き、老女は答えた。そうして、また焚火をかき回す。赤い炎が、夜の闇をちろちろと舐めた。 「ハバルは、千年続く夢の国と呼ばれました」 「……何故、滅んだのです?」  この話を聞かねばならない。何故か、ジアンの本能がそう告げていた。  老女は顔を上げた。碧の目に、火と、ジアンの影が映る。 「王家が滅んだからです」 「病、戦にて国みだれ、怒れる民は王族を滅ぼしましたが……」 「彼らは、国治めることかなわず、自ら滅んでいきました」 「ふむ」 「何故、それほどに王族が怒りを買ったか、わかりますか」  老女は、ジアンに尋ねた。 「戦禍、病の程度が大きかったからですか」 「いいえ」 「では、王族が愚かであったのですか?」 「……いいえ」  ジアンはちりっと肌に熱が襲ってきたのを感じた。老女は怒っている。 「何故です?」  ジアンはさっと尋ね返した。こういう手合いは長引かせないに限る。 「王女が理を曲げる存在であったからです」 「理……」  どういうことか、ジアンは老女を見つめた。  火は燃え、老女の皺だらけの顔を照らし、影を深く刻ませていた。  老女は焚火を見ていた。そして、空を見上げた。どこか遠いところを見ているようだった。 「あなたは若いですね」 「は?」 「まだ、永く生きられる……」  老女は、す、と枯れ枝のような指を、ジアンの胸元に向けた。  そうして、何か描く様に、空をなぞった。 「……オリフィス」  ジアンはその形状を推測し、述べた。老女は、静かに見つめた。碧の目は、作り物の様に、美しかった。 「われらは、砂時計と呼びました」 「ハバルの民は皆、砂時計を――寿命を見ることが出来たのです」  にわかに信じがたい話であった。砂時計を、ジアンは知っている。時を示す砂の置物だ。 「外のものには、理解しがたい話やもしれませんね」 「ですが、ハバルの民は、自らの、他者の寿命を見ることが当たり前でした」  老女は、遠く、夢を見ている様な目をしていた。 「自らの天命を知り、他者の寿命を知り、であるからこそ、愛しみ慈しんで生きられる……」 「ハバルのものはみな、そう信じていました」 「だから、王女が許せなかったのです」  理……ジアンは、口唇の内で、言葉を反芻した。 「王女には、砂時計が見えなかったのですか?」 「見えました」  老女は悲しい顔で、首を振った。妙に、実感のこもった言葉だった。 「王女の砂時計は、砂を落とさなかったのです」
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