第11話

1/1
914人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ

第11話

「それでは来週の水曜日までにお願いいたします! スケジュールの変更があった際にはご連絡いたしますので!」 「それではその通りに。よろしくお願いします」 無難な挨拶で締め括った。業務連絡が終わってどう切り替えたのか、片っ端からオフィスの窓を開けて換気したい気分になっているこちらをよそに、杉木が不躾に喋り始める。 「そういえば篠束さん、聞いたところによるとΩなんですよね!? 僕の周りはβばっかりで! ということは発情期(ヒート)があるんでしょう? その間はお仕事できなくて大変ですねえ!」 「……はい、まあ」 「あっ! 先方に失礼がないようにって川上にしつこく言われて来たんですけど、もしかしてお二人はそういうご関係なんでしょうか!?」 耳が痛い。正論を言われているからではなく、そのままの意味で。 個人の会話ならまだしも、公の場で仕事相手に種を持ち出すのはマナー違反だ。それにヒートのことにまで口を出している。男性の渉にだからこそ訊いているのかもしれないが、あまりにも配慮がない。 謂いわれのない憶測に言葉を失っていた渉の隣で、隆人が無言で肘をついた。ちらりと窺った横顔からは不穏な空気が漂っており、胸ぐらを掴みそうな迫力に内心焦る。 「杉木さんっつったか」 「はい! そうです、杉木です! 鈴木じゃないですよ!」 まったく失言を自覚していない杉木と、苛立ちが抑えきれなくなっている隆人に囲まれて、もはや成す術がない。軽蔑とも受け取れる発言をされたのは渉だが、このままでは収拾がつかなくなってしまう。 あわや一触即発といったそのとき、上着のポケットにしまっていたスマホが短い通知を知らせる。偶然椅子の骨組みに振動が響いたことを言い訳にして、この場を切り抜ける算段をつけた。 「す、すみません小沢さん。別の案件で連絡が入ってしまったので、今回の打ち合わせはこれで失礼してもよろしいでしょうか」 「……ああ、そうだな」 申し訳程度に会釈をしながら、まだなにか言いたげな杉木を残して小会議室を出る。どちらともなく歩くスピードが早くなり、人気がない喫煙所に駆け込むと、隆人が遠慮なく吠えた。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!