楽園

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「あの…こ、こは…。」  露斗宮がたどたどしく話そうと口を開くと、聖太郎はそれを遮るように踵を返した。 「こちらへ。」  それだけ言うと歩き始め、その後ろを蓑輪が着いて行く。置かれた状況を理解するよりも早く、露斗宮は歩き始めた。 人工芝の床を歩き、時折木々をかわし歩く。その間も幸福に満ちた全裸の人間たちが宴のように踊り狂い、どこからか鳴り響き始めた美しい演奏に聴き惚れていた。彼らの愉快だがどこか不気味な様を眺めながら、露斗宮は二人の後を追った。  やがて木のない開けた場所へ出ると、そこには敷かれた大きな布の上に並ぶ豪華な食事の数々が用意されていた。見たこともない大きな肉や魚、湯気の立つスープ。色鮮やかな果実。漂う香りに露斗宮の空の胃袋が反応し、食欲が掻き立てられる。 「お腹が空いているでしょう?好きなだけ召し上がってください。」  立ち竦む露斗宮の対面に座った聖太郎は、並ぶ品々を指しながらそう告げる。その様は飢えた者に手を差し伸べる優しい天使のようだったが露斗宮は未だ動けずにいた。 罠か、毒でも入っているのではないだあろうか。それが彼の中で最も有力な見解だった。 しかし彼が頭の中で思考を巡らせているうちに、彼の背後から現れた手が彼を強制的に地面に座らせた。背中に感じる荒い息遣い、胴体に巻き付く太く強靭な腕。露斗宮の後ろには、ベルトのように彼を固定して離さない蓑輪の姿があった。 「生徒会長が言ってんだ、ほらさっさと食え。」  胴体に回された手が顎を押さえ、もう片方の手が食卓へ伸びる。そして鷲掴んだ肉を露斗宮の口元へ運ぶと、小さな口へそれを押し込んだ。 挟むように掴まれた頬が嫌でも口を開かせる。塩味の効いた肉が口内に押し込まれ、彼は大きくむせ返った。 「っ…!げほっ…!」 「おいおい…がっつきすぎだろ。」 「ん゛っ…!?」  背後から嘲るような笑い声が聞こえる。すると今度は瓶を持った手が露斗宮の口へと押し込まれた。喉奥まで流し込まれた液体は甘く、果実の香りを鼻孔に漂わせている。美味であることは確かだったが、今の彼にとっては水責めの道具としか思えなかった。 苦しげに咳き込む彼の姿に、蓑輪は心の底から楽しそうな笑い声を上げる。まるで自身の快楽だけを理由に拷問を行うイカれた拷問官のようだった。 「そのくらいにしておきなさい蓑輪さん。強要はいけませんよ。」  空のグラスに透明な水を注ぎながら、聖太郎は蓑輪を優しく窘めた。すると彼は人が変わったかのように大人しくなり、そっと露斗宮から離れた。その変わりように露斗宮は更に困惑してしまう。 「この料理は全てあなたのために用意されたものです。毒など入っていません。」  白い髪を耳にかけ、水をゆっくりと飲む耽美な姿の聖太郎に、露斗宮はほんの一瞬目を奪われていた。見続けてしまえば最後、飲み込まれてしまうような美しさだった。 「っ…どうして、僕をここへ…?ここは…どこなんですか…?」  露斗宮は恐る恐る目の前の彼にそう尋ねる。聞きたいことは山ほどあった。状況を理解しなければ何もすることができなかった。 露斗宮はなるべく相手を刺激させないように、穏やかで静かな声色で質問をした。
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