軍師の嫁取り 1 ~戦の前には恋がある~

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何処からやって来たのか、目の前には、美しいと、形容するにふさわしい女がいる。 「あらまっ、本当に、何もない所ですこと」 「あっ、まあ、書生生活なので、人様のように、物は揃っておりませんで……申し訳ございません……」 と、孔明(こうめい)は、我が家を卑下されているにも関わらず、女に謝っていた。 ──時は、今よりさかのぼること約二千年程昔。 献帝(けんてい)の御世、後漢王朝(ちゅうごく)は、国土の北部で、曹操(そうそう)袁紹(えんしょう)を打ち破り、虎視眈々(こしたんたん)と、南進の機会を狙っているという、戦乱の始まり(どき)だった。 しかし、庶民は、住む街が荒らされている訳でもないのであるからと、彼方で、猛将が領土を拡大しているらしい、その程度の心得で日々暮らしていた。 そして、ここにも──。 まだ、三十路手前の若さで、何を悟ったのか、晴耕雨読の日々を送る、仙人気取りの男がいた。 名は諸葛(しょかつ)(いみな)(りょう)(あざな)孔明(こうめい)(のち)の名軍師、諸葛亮孔明その人だった。 さて、孔明。自らを書生と称しているが、特に、従じている先もない。要は、自由気ままに過ごしていた。 「と、私は、判断いたしましたが、何かしらのお考えあっての、無職、生活なのかしら?これでは、嫁を貰い、其方の実家からの仕送りで暮らす、しかないのでは、ありませんか?」 「あ、いえ、その様な。そもそも、私には、嫁取りの話など縁なくて……」 「そうでしょうか?」 女は、言うと、秋波(ながしめ)を孔明へ送った。 その、意味ありげなものに、孔明は、ドキリとする。 「あー!もしや、あなた様は!黄承彦(こう しょうげん)様の!」 「ほら、縁組のお話、あるじゃあございませんか」 「あっ、それは、その」 してやられた、と、孔明は思う。 だが、不思議と、嫌悪は感じなかった。それは、女の美しさ故なのか、はたまた、弁が立つ賢さ故なのか……、孔明には分からなかった。
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