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「……お前、どこから来たんだ?」
「……都。王宮から」
正直に答えると、男は肩を揺らして笑う。
「何だ、王子様か」
まったく信じていないような口ぶりだった。たしかに王子にはこの前なったばかりだし、王子になんて見えないんだろうけど。
「あんたはどこから来たの?」
「南から、風の吹く方へ。明日は西の方に行く」
不思議な答え方をする。旅人なのだろうか。きっと、この国の人じゃない。
「あっちで野営している奴らの仲間か? そこまで送ってやろう」
「あっ……うん。ありがと」
男が俺を膝から下ろす。
もう少し、一緒にいられるかと思ったのに。傷の手当も終わったし、引き止める理由がない。
星空の下を、馬に乗せられて戻る。
背中から、自分をすっぽり抱えこむ長い腕。なぜか心臓がバクバクと音を立てた。
別に、そういうんじゃない。男相手に、どうこう思ったことなんてない。命を助けてもらったし、大きくて、強くて、優しくて、ちょっとだけ、カッコいいかもと思っただけ。
それだけだ。
テントは相変わらず静まりかえっている。翌朝、俺が傷だらけなことに気づいたら、きっとみんなびっくりするだろう。
俺を馬から下ろし、男は俺を見下ろした。こんな鮮やかな緑色の瞳は、この国で見たことがない。ずっと遠いところから来たのだろうか。
「じゃあな、王子様」
大きな手が俺の髪をぐしゃぐしゃと撫で、離れる。
「あの……ちょっと待って!」
慌てて背中を追いかけた。
「名前は? 西の方ってどこに行くの? 都には来ることがある?」
立て続けに聞くと、男はふっと笑った。
「さぁな。もしまた会えたら、そのときに名前を教えるよ」
「つぎに会えたら、助けてくれたお礼をするから! 本当に、何でもするから! 俺、冗談じゃなくて、本当に王宮にいるから!」
何でこんなに躍起になっているんだろう。恥ずかしいし、カッコ悪い。でも。
「……ずっと待ってるから。会いに来て」
どうにか言葉にすると、男はすっと身をかがめた。
そのくちびるが軽く頬をかすめる。
「運命の女だったら、きっとまた出会えるだろ?」
耳元に、砂漠の風のような声がした。
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