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20XX年からレンタルできる物が多くなっていった。
定番のCD、DVD、レンタカー、ウォーターサーバーなどはもちろん、服やバック、装飾品、家具や家電、観葉植物もだ。
私は利用したことはないが、富裕層の中には、別荘や無人島のレンタルサービスまであるらしい。
さらにレンタルできる品物はなにも物質や場所だけではない。
愛玩用のペット、友人、恋人、家族――さらに企業向けなのか黒人――ネグロイド、白人――コーカソイド、黄人――モンゴロイドなども必要の応じて借りることができる。
生き物や人間をレンタルできることに違和感を覚えたが、一部ではもう常識になっていたようだ。
そんな時代から数十年が経ち、人間の欲望はさらなるレンタルを生み出した。
それは全身義体だ。
手足の各部分に使用される義肢、人工臓器、組織生体工学の技術が、ロボティクスと結びついて発展し、脳や中枢神経を除く全ての器官が機械化され、もっと金さえ払えば人工細胞、人工皮膚などのバイオテクノロジーによる本物の人間の身体すら手に入る時代。
これの貸し出しにより、バーチャル空間だけで自分の理想の外見になっていた人間たちは、現実にもなりたい顔、なりたい体型を手に入れられるようになった。
ダイエットはもちろんのこと低身長や高身長、肌荒れで悩む男子、女子は消え去り、多少の好みはわかれても醜い者が外を歩いていることなど稀。
中にはあえて個性を出そうと奇抜な見た目にする者まで現れた。
倫理感をクリアした人類にとって、それらは性欲処理にも使われ、体も売る者はいなくなり、死んだ人間ですら残ったデータから再構築することができる。
スポーツや格闘技にもそれらの技術は使われ、もはや筋力トレーニングなどする者はこの時代にはいない。
こんな世界では、もうレンタルできないものなどなくなったのだ。
高度技術バンザイ。
科学、化学の革新バンザイ。
安価でも利用できるサービスのため、もはや誰にとっても当たり前のことになっている。
だが、もちろんそんな時代からこぼれてしまう者もいる。
国から見放された貧困層だ。
政府から出る補助金で多くの人間が働く必要がなくなり、働ける人間は一部のエリートだけになったが。
不法入国者、無戸籍の人間には支給されず、彼ら彼女らは人の住まないスラム認定されている区画にに身を隠し、ゴミを漁って生きている。
彼ら彼女らは容姿が醜い、または身体になにかしらの欠損があるため、見ただけで貧困層だとわかってしまう――それも迫害される要因だ。
何年何十年、いや何百年経とうが、科学技術ではこの問題は解決できなかった。
いや、そもそも解決するつもりもないのだろう。
環境破壊された植物や動物も、現在では人の手で再構築が可能だ。
遺伝子組み換えの食品のおかげで飢えもなく、その気になれば子供を作ることさえできるのだ。
食糧問題、環境問題、少子化問題すらも解決された世界では、貧困層はただ消えていくだけの人間たち。
普通に生活している者たちにとって彼ら彼女らは、明日にどんな服を着るか、お昼に何を食べるかよりも些細なことだ。
生きているだけで幸福。
奪い合う必要などない。
こんな世界で戦争など起きるはずもなく、誰もがストレスなく平均的な幸せを享受できる。
先に述べた一部の貧困層を除いては――。
私はずっとそう思っていた。
だが、ある女性との出会いがこの考えを変えた。
「君は、スラムの人間か?」
「そうですけど? あなたはどうしてこんなところに?」
私は長年仕事を手に入れるために奮闘していた。
働く必要がなくなった社会で、私は一部のエリート層に入りたかったのだ。
生き甲斐が欲しかった。
ただ享受するだけの日々で、自分を消耗していくのが嫌だった。
だから必死に努力をし、政府が把握できていない地域調査の仕事を手に入れた。
あるスラムで彼女と出会った。
彼女は私が知る誰よりも醜く、肌も酷い荒れようだった。
おまけに歯もガタガタで髪も艶がない。
だが、それでも彼女の笑顔に惹かれてしまった。
一目惚れというやつだったのだ。
仮に理由をつけるとしたら、彼女の人間らしい質感というものか。
私の知らないリアルな体型、瞳、鼻、肌、表情、骨格、その不完全さすべてが私を虜にした。
これはレンタルできるものではない。
再現はできるかもしれないが、不完全なものなど誰も作ろうとなどしないのだ。
ずっと埃を被っていた心――いや、そもそもこんな気持ちになったのは初めてだった。
この世界では当たり前に消えている所有欲を、私は彼女から感じることができた。
皮肉にもまさに消えていく存在――貧困層の彼女から。
「なあ、君に……その恋人というか……好きな人はいるのか?」
「いきなり変なこと訊く人ですね? 街の人ってみんなそうなんですか? それとも、それがあなたの仕事?」
小首を傾げて笑う彼女を見て、私は今の生活をすべて捨てることを決意した。
了
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