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スピーカーのノイズが部屋に侵入する。食事配布終了らしい。
アプリの文が更新される。
『出た後の隔離先、決まってるの?』
『うちに帰っても部屋はないぞ。』
「そんなこと訊いてねえだろ!」
つい声が出た。
誰もいないホテルの部屋に響いたそれが酷く滑稽に思えた。
ズキ、と胸が痛んだ。空腹か眠気か、もっと精神的な理由か。
雄太はスマホをベッドに放り出し、朝食の弁当を受け取ろうと部屋の入口に向かった。せめて腹に何か収めれば苛立ちも落ち着くかもしれない。
ぐいっとドアを開けると、台代わりの段ボール箱に乗せられた弁当の包みが目に入った。とりあえずそれは引き取る。
興味本位で廊下を観察した。人の気配はなく、やはり非日常だと思い知る。
左、そして右を見て、雄太は「あ」とまた声が出た。
隣の部屋のドアも開いていて、そこから一人の若い男性が上半身を乗り出し弁当の包みに手を伸ばしていた。
彼は雄太を見ると、軽く会釈をした。
マスクの上から覗く穏やかな目、整った髪。すらっとした身体に薄手のセーターをまとい、朝早くのくせにやけに爽やかにしている。
空港で会ったイトウさんだった。
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