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ティーカネン侯爵夫妻
「よかったな、ディーノ」
「よかったわね、カーラ」
アマートと祝福がかぶってしまい、思わず笑ってしまった。
アマートとともに、カーラとディーノを祝福したりからかったりしてしまった。
それから、アマートとディーノはわたしたちをソフィアの屋敷まで送ってくれた。
当然、別れ際にカーラとディーノはデートの約束をしていた。
「まぁまぁ、アリサ。よく来てくれたわね」
「アリサ、よく来てくれたね」
ティーカネン侯爵家の門をくぐって前庭を歩いていると、ティーカネン侯爵家の獅子の紋章が刻まれた馬車が停まっているのが見えた。
ティーカネン侯爵家は、ラハテラ王国南部に広大な領地を有している。現在、そこはソフィアのお兄様、つまりティーカネン侯爵家の嗣子が領地を管理している。
そういえば、ソフィアのお兄さんとはもう何年も会っていないわ。
馬車に乗りこもうとされているのは、ソフィアのご両親であるティーカネン侯爵夫妻である。
夫妻は、わたしに気がついて笑顔で出迎えてくれた。
わたしは、子どものころからソフィアと正反対で引っ込み思案で人見知りが激しく、消極的で陰気だった。夫妻はそんなわたしを不憫に思われ、気にかけてくださっていた。それはいまでも続いているけれど、現在のクースコスキ家の状況をかんがえると、わたしに関わったらご迷惑をおかけするかもしれない。だから、出来るだけ距離を置くようにしている。
それはもちろん、ソフィアにも言えることである。
だからこそ、彼女にかまってほしくないと思っている。だけど、彼女はことあるごとに声をかけてくる。
彼女は、とくに社交の場にわたしを引っ張り出そうと躍起になっている。
彼女はいつも笑って言うのである。
「アリサ、あなたはわたしの引き立て役よ。だから、あなたはただわたしの側で微笑んでいたらいいの」
そんなふうに。
引き立て役って言われても、絶世の美女で社交的で明るい彼女の前では、引き立て役どころか存在じたいが希薄すぎて認められないかもしれない。
正直、わたしなど必要はない。わたしを連れ歩いていたら、かえって子息や子女たちは眉をひそめてしまうに違いない。
だからこそ、彼女の誘いは断るようにしている。だけど、彼女は懲りないしめげない。また誘ってくれる。
ずっとこのやり取りを続けているのである。
侯爵夫妻に近づくと、スカートの裾を上げて挨拶をした。
生地がすっかり傷んでいたり黄ばんでいるシャツに、ベストとスカート姿である。侯爵夫妻は、きっと不快な思いをされているはずね。
せめて顔だけは……。
いつも以上に、左半面をさらさぬよう気を配った。
そんなわたしの気おくれをよそに、侯爵夫妻はわたしを抱きしめてくれた。
「アリサ、痩せたんじゃない?」
「ああ、そうだよ。血色もあまりよくない」
「ちゃんと食べているの?」
「眠っているかい?」
侯爵夫妻は、交互に尋ねてくる。
「おば様、おじ様、不義理をして申し訳ありません」
子どもの頃から、夫妻のことをそう呼んでいる。
「そんなことはいいのよ。いつもあなたのことを心配しているの。ソフィアに尋ねても、あの子はいつも『元気よ』とか『司書の仕事をがんばっている』とか、そんな程度しか教えてくれないから」
「きみの後見人の手前、まさかわたしたちが様子を見に行ったりなんてことは出来ないからね」
ありがたい言葉である。これだけ気にかけて下さっている。
だけど、同時に申し訳なく思う。
お二人は、亡くなったわたしの両親に義理立てをされているだけなのである。それを、いついつまでも縛ってしまっている。
そんな気がしてならない。
「ご心配をおかけしてしまって申し訳ありません。ですが、わたしは元気です。司書の仕事が楽しくって、お休み以外は機嫌よく図書館で走り回っているんです。ですので、どうかご心配なさらないでください」
二人に抱きしめられたまま、左半面はしっかり隠して笑顔を作った。
そうだった。侯爵夫妻も、わたしが婚約を破棄されたことを当然ご存知のはずよね。
婚約を破棄されたことを思い出し、気分が滅入ってしまった。
いらない気を遣わせてしまっている。
ますます申し訳なく思ってしまう。
「旦那様、奥様、そろそろ出発いたしませんと……」
ありがたいことに、ティーカネン侯爵家の執事のクロードが控えめに声をかけてきた。
「そうだった。これから、北地区の病院と孤児院に慰問に行くんだ」
「どちらの建物も老朽化しているのよ。建て替えの検討中というわけ」
侯爵夫妻は、わたしの亡くなった両親ともども慈善活動を熱心にされている。現在、お二人はこの王都の様々な施設や団体に率先して寄付などをされている。
多大な貢献をされていらっしゃるのである。
本来なら、わたしも亡き両親にかわっていっしょにすべきなのである。だけど、恥ずかしながらそれが出来ないでいる。
「おば様、おじ様、本来ならわたしもいっしょに……」
やっと、二人の抱擁から解放された。
同時に、その思いが口からこぼれ落ちてしまった。
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