想い出が褪せる頃

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ようやく準備が整い、全員でいただきますの声を出して食事に箸をつけた。 「初めてで緊張した!でも美味しい!!」 やや興奮気味に今日の即席料理教室の感想を夏羽が言った。 「あんまり家では作らないか」 「台所汚れるしね」 今日はアジフライと筍ご飯、アサリの味噌汁とグリーンサラダ。 優羽は医者という職業柄包丁は握らないだろう。 その夫の隆さんは料理をするようだが仕事も忙しいし男の子に料理を教える事もなかなか無いだろう。 だから思い切って夏羽に鯵を捌いてもらった。 魚が怖いとか苦手とかはなかったようだが生の魚に包丁をあてた経験は無いようで、おっかなびっくりな様子で包丁を握っていた。 「骨にたくさん身が残っちゃったから僕のアジフライ痩せてる…」 「夏羽は上手な方だよ。なあ、郁弥」 フライにソースをかけた涼真はそのプラスチック容器を俺に渡した。 「そうそう、涼真は粉々だった。ほら、夏羽」 俺はソースをたっぷりとかけ、箸でフライをつつく夏羽に渡した。 「粉々になんてならないでしょ?」 甘いな。 涼真の実力知らないから。 「なるんだなー。あれ、結局鯵のなめろうにしたんだ」 「あれはあれで美味かった。結果オーライ」 食事をしながら涼真の武勇伝とも言える過去の勇姿を事細かに晒し、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。 食後のコーヒーをリビングで飲み終えると涼真がいそいそと席を立った。 「俺台所片付けるからさ、二人でゆっくりしててよ」 「ありがとう、涼真」 「あの、僕やりますよ」 席を立とうとする夏羽を涼真が止めた。 「たまにはゆっくり話でもしなよ…叔父さんと」 …叔父さんは余計だって。 二人で並んでソファーに座っているが食事中とは打って変わって夏羽は口を閉ざしてしまった。 夏羽はコーヒーに注いだミルクをスプーンでグルグルとかき混ぜていた。 「学校は…楽しい?」 「…うん、まあ」 「進学校なんだし勉強は大変なんだろ?」 「…でも、皆おんなじだから」 ひたすらに穏やかに、模範的な回答をする。 うーん、いい子ちゃん。 「好きな人は?いるの?」 「……まあ」 「そっか…そうだよな〜。お前カッコイイし頭もいいしな〜」 まだまだ子供だが身長も伸びてきて童顔のイケメンである事は間違いない。 「…でもな、アルバイトはイカンだろ?」 「やっぱりダメ?」 「中学生だからな…」 ふう、とため息を落とす夏羽。 だが伏せ目がちな憂い顔、子供とは思えない。 「理由は…言いたくないだろうから聞かないけど…ああゆうのは高校生になってから、な」 「うん、もうしない。今日は急にあんな事になっただけだし」 俺の目を見て、もうしない、と言った夏羽の言葉は俺を安心させた。 自分の子供ではないけれど、可愛い甥っ子の身を案じるのは当然。 一旦会話が途切れ、チラチラと俺の顔を見る夏羽。 これは…きっと他にもまだ胸に抱えていて誰かに聞いて貰いたい事があるんじゃね? 「優羽に言いづらい事でも…俺でいいならいつでも聞くよ」 「……うん。…あの…」 一瞬涼真がいる台所の方を夏羽は見た気がした。 「何だ?」 「とと…じゃない、郁弥叔父さんは…その…お…とこの人が…好き…なの…?」
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