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おかしな夢を見た。
羽と尻尾の生えた、嫌味たらしい男の長々とした説明を聞かされ、ほとんど面倒くさくなって、怪しい契約書に羽ペンでサインをする夢だ。
ほとんど最悪な目覚めのはずだったのに、彼女の心持ちは違っていた。
憂鬱なはずの起き抜けも、朝の支度も、満員電車も、何ひとつ気にならない。
何か気になることがあるたびに、言いようのない怒りや焦燥に駆られたあの感覚は、彼女の心からすっかりいなくなっていた。
誰かにぶつかられても、お互いに小さく会釈をして終わり。
こんな簡単なことだったのか、と呆れたくらいだ。
まさか、と彼女は思うが、それはすぐに確信に変わっていくことになる。
「ね、ちょっと忙しくて、こっちお願いできない?」
「具体的な残タスクを教えていただけますか?」
「え、だから色々忙しいから、これを巻き取ってって言ってるの」
「色々ですか、わかりました。私はこれとこれが本日中なので、いっしょに部長に相談しにいきましょう。そちらの優先度が高ければ、こちらの期限を変更していただいた上でお手伝いいたします」
「え。いや、そこまでじゃないから、じゃあいいわ」
巧みに仕事を押し付けようと言いよってくるお局様を、何の感情も抱かず撃退できたこともそうだ。
普段、頭の中でぐるぐると回ってはいても、なんとなく反論できなかったことを、落ち込みもせず、怒りもせず、愉悦にも浸らず、淡々と口にできた。
あの夢で、多少の暗示がかかった程度では、とても説明できるものではない。
言い返してやった、やってやったという感慨すらないのは不思議な気分ではあったものの、それに対してすら、気持ちが揺れることはなかった。
それから一週間の間、彼女はほとんど無敵だった。
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