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桃と白楽駅で待ち合わせして秀実の家に向かう。秀実はすでに〈おパンツ〉を外に干していた。
石山はあとで合流する予定だが。敷地内に入ると電話が鳴った。
『遅えぞ』
結愛が辺りを見廻すと『車だ』と短く言われた。駐車場の一番奥に見慣れぬ外車が停まっていた。中から石山が手を挙げていた。
結愛が頷くと、石山は電話を切った。
秀実は結愛と桃とは入れ替わりに出て行った。いつもと同じように。カーテンの半分は閉めて、電気は消す。
背を低くして、外から見えないように相手を待つ。
「来ますかね?」結愛がそう尋ねると桃は持ってきたPCを開いた。あのアカウントだった。
『明日か明後日には新作アップしまーす』とあった。本当にマウントする人だなと結愛は苦笑した。
「だから早くて今日の昼、遅くても陽が暮れる頃には来ると思う」
桃の言葉に結愛は頷いた。
結愛と桃はじっと待った。
なかなか結愛の思ったとおりにはならなかった。女性は午後の早いうちにはあらわれるだろうという目論見は外れた。
もしかしたら石山さんの言うとおりレースじゃなくてスワロフスキーで対抗するつもりだろうか? けれどそれなら秀実の〈おパンツ〉は盗まれないで済む。それはそれで喜ばしいことなのだが……結愛の中では何故かモヤモヤするものがあった。
曇りの日暮れは早い。太陽が顔を出さないので、辺りは薄暗くなっていった。
結愛のスマホが光った。石山だった。
『きた』それだけ書かれていた。
桃は手元のPCを起動させる。結愛も息を飲んだ。そしてカーテンの影に隠れて窓の外をうかがう。足音はしなかったが人の気配がした。
あの女性だった。
辺りを見廻すと一瞬で音もなく取りさって行った。
結愛はそれを見届けると弾かれたように玄関から飛び出した。
「待って下さいッ!」
結愛は女性の背中に向かって叫んだ。石山はすでに車の中から出てきて敷地の入り口のところに待機していた。女性は止まるはずもなかった。石山がこちらに向かって歩いてきた。
「〈おパンツ〉を返せって言ってるんです」
結愛はそう言うと女性は立ち止まった。目の前には石山がいる。
「──落ちてたのを拾ったのよ。何か問題?」女性は振り返って結愛を見た。
「それは私の知り合いのものです」
「そんなの知らないわよ。落ちていたものを拾ったなら警察に届けるのが普通でしょ?」
警察。結愛は繰り返した。まさか泥棒の口から〈警察〉という言葉が出てくるとは思ってもみなかった。
「あなたの知り合いのものなんて私は知らないもの。だったら落ちているものは届けるでしょ?」
「盗んだくせに」
結愛がそう言うと女性の唇は弧を描いた。
「盗んだ? 証拠もないのに?」
「証拠ならありますよ」
結愛の背後から声がした。「ベランダにカメラを仕込んでおきました。あなたが盗っていった様子も写ってますよ」
桃はそう言って抱えてきたPCの画面を向けた。
だが女性はそれを見ても動揺する様子もなかった。
「あら、こういう合成って簡単に作れるっていうじゃない。冤罪ってこうやって生まれるのねえ」
「は?」
桃が明らかに不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「こっちが善意で拾ってあげたっていうのに。最近の若い子は怖いわねえ」
「何を言って……!」桃が大きな声をあげた。
「だいたいあなた達の知り合いの物って証拠だってないじゃない? だったら渡せないわ」
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