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 ともあれ、ヨンチョルは1週間分の配給食糧(ポークランチョンミート6缶・コメ3kg・キムチ500g・ドライフルーツ1袋・ナッツ類1袋・ミネラルウォーター5リットル)に、妻と娘のための生理用品・それにトイレットペーパー4ロールを、中身の見えない黒のポリ袋に詰め込む。  商工会議所からの帰り道。 「アバン、今日の話し合い、あたしにも勉強になったよ。この状況の中では、せめて自分たちだけでもお互いに助け合おう・今や正気を失っている日本人とは、なるべく関わりを持たないように、ってね。にしても日本人、みんながみんな、あたしたちみたく韓国や北韓に国籍を変更すりゃ、兵隊になって戦場に駆り出されてドンパチした挙句に戦死する可能性を回避できるのに、そんな裏技に気づかないのが滑稽なんだよねぇ」  重たい荷を担いで、のっしのっしと徒歩で自宅に向かうヨンチョルとヒスン。娘に話しかけられたヨンチョルではあったが、日本人が何故韓国に国籍を変更して「国民皆兵制」から免れようとはしないのか、それはヒスンにも解っているだろうと思うので沈黙していた。 (しかし韓国本土の人たち、日帝時代は兵役にありつけずに二級市民扱いされていただろうが、大韓民国と北韓が成立した後は、両国政府はどんなプロパガンダを使って戦争慣れしていない国民を、ユギオ・サビョン〈=朝鮮戦争〉で戦うように仕向けたのだろう…?)  ヨンチョルは、漠然とそんな考えに取りつかれる。そして道中、「国民皆兵制絶対反対!」「日本人は戦争を断固拒絶するぞ!」という幟旗を立て、あるいは横断幕を掲げてデモ行進をする大勢の日本人たちとすれ違う。しかし、彼ら彼女らの心情など、ハナッから「国民皆兵制」の対象外にいるヨンチョルら在日外国人には、与り知らぬことであった。  チョーッ!ヘイッ!ハンッ!タイッ!チョーッ!ヘイッ!ハンッ!タイッ! 「「ただいま」」 今やすっかり見慣れたデモ行進。それを横目にヨンチョルとヒスンは自宅兼店舗に帰宅する。外のデモ隊は、今や「日本の風物詩」ともなったアジテーションをスピーカーでがなり散らす。 『今や日本は戦争の出来る国になりつつあるっ!日本国憲法第9条の理念を踏み躙りっ、国民を兵隊として殺戮に加担させようとする与党自由民権党を打倒するために…』  そしてアジテーターは、一息措いてスピーカーのボリュームを最大限にして、このようにがなり立てる↓。 『市民たちよ!銃を手に執って戦え!』  続いて銃声が響き渡る。   ダダダダダダッ!ダンッ!ダンッ!ドドドドドドドッ!
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