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ずっと不思議だった。
なんで、そこまでできるのだろう?
殺風景な部屋。彼にはゲームも漫画も必要なかった。あらゆる時間を守護者の修行に費やしていたから。
寝る時間も、遊ぶ時間も、自分の体も犠牲にしてまで役目を果たそうとしている。きっと今までもずっと。
「どうして、そこまで自分を犠牲にできるの? なにがあんたをそこまでさせるの?」
返事は期待していなかった。朦朧としている彼に聞こえているかどうかも分からない。
「大事だから、水上が。だから、俺はやらなきゃならない。役に立たなきゃいけない」
熱で掠れた声が答えた。
羽鳥は天井を見上げ、うわごとのようにつぶやく。
「本当なら、俺は守護者になれるはずなかったんだから」
「え……?」
守護者である宮瀬家の子供は羽鳥だけのはず。だったら。
「なれないわけが――」
「俺には力がないから。俺の持ってる力は、偽物だから」
「偽物、って。え?」
思わず羽鳥の方に身を乗り出す。しかし、羽鳥は静かに寝息を立てていた。
「……うそ。ここで寝ちゃうの?」
はー、と梓は大きく息を吐きだす。まさか叩き起こして聞くわけにもいかない。
気を取り直して部屋から出ようとして、床に散らばった本が目に入った。落ちた拍子にページが開いてしまっている。
戻しておこう、とノートを一冊を拾い上げようとして、梓は動きを止めた。
「日記? 女の人の字……?」
開いたページに書かれた日付は八年前を示していた。
『羽鳥の力が定着する。宮瀬に伝わる『雷』ではないが、務めを果たすことはできるだろう。あとはあの子次第か』
偽物。梓は無意識のうちにつぶやいた。ページをさかのぼる。
しばらくなんの変哲もない、日常の内容が続いた。畑の野菜が収穫できた、山の紅葉が色づいた、孫の参観日に行った――。
「孫……八年前だから、羽鳥のことだ」
ということは。
「おばあさんの日記?」
時々話には聞いていたが、どんな人物なのかは知らなかった。
さらにさかのぼると、日付はさらに半年前を示した。
『羽鳥、五歳の誕生日。祓の力は発現せず。しかしあの子の意志は固い。昇の力を分け与え、修行を開始する』
「え、待って。どういうこと……」
『力がない』、『守護者になれるはずなかった』。
それは、祓の力を持っていなかったから。
足元がぐらぐらして、頭の中はひどく混乱していた。
力が抜け、ノートが手から滑り落ちる。バサ、と音をたてた。
「それ、見たのか」
背後から声がかかって、梓はびくりと肩をはねさせた。
振り返ると羽鳥が体を起こしてこちらを向いていた。
梓はぎこちなくうなずいた。そうか、と羽鳥は息を吐く。
「……ごめん」
「隠してたわけじゃないから別にいい。一応付き添ってもらった借りもあるし」
羽鳥はさっきよりも余裕がある様子だった。しかし表情は晴れない。布団に投げ出した手のひらを見つめ、羽鳥はぽつりぽつりと口を開いた。
「俺の祓の力は生まれ持った能力じゃない。優秀な守護者――俺のおばあちゃんの力を借りて、後から身に着けた作り物だ。父さんの持っていた力を分けてもらって、無理やり体になじませてここまで使えるようになった」
「後から、ってそんなことができるの」
「普通は無理だ。でも、おばあちゃんは並外れた能力を持っていたから。ワクチンのようなものだと言っていた。誰かの力を少し渡して、体の中に能力の芽を作る。それを修行で覚え込ませて、自分のものにさせるんだと。俺にはよく分からないけど……」
知ってるか、と羽鳥は梓に問いかけた。
「本来、祓の力は誰にでも現れ得るものらしい。田所にも、永沢にも、お前にも」
「え……」
絶句した梓に、まあそうなるよな、と羽鳥はどこか納得した様子を見せた。
「それが表に出る出ないは遺伝や血統が多少関係してる。宮瀬家は特別、力が現れやすい一族だった、ってだけの話だ。なのによりにもよって、俺には出なかった」
お前には出たのに。
そう聞こえたような気がした。
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