コーヒーの木

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2 「ねえ、若様また何か始めたの?」  真後ろのデスクに座る美央(みお)がチェアのキャスターをスライドさせてこちらへ来ると、肩を小刻みに揺らして口元をプルプルと震わせている。 「さあ?」  目を眇めて美央の視線の先を追うと、私――杉本紗枝(すぎもとさえ)の目は完全に据わった。さながらターゲットを目の前にしたスナイパーだ。  美央は昨日直帰だったから知らないけれど、若様は昨日から、職場の窓際で植物を育て始めた。 「日光が何より大事なので、ここに置かせてもらいます」  周囲の返事も聞かずに聳え立つ書類の山を手で押しやると、突如発生した大雪崩を物ともせずに、まだ土しか顔を出していない鉢植えをセットした。  今はその土にジョウロでちょろちょろ水をやっている。そして何故か、その両耳にはイヤホンを付けている。  オフライン万歳のうちの会社で、そのイヤホンは一体どこの何に繋がっているのか。  秋霜烈日で名を轟かせた課長は、若様を一瞥するとほんの一瞬苦虫を噛み潰したような顔をしたけれど、すぐに表情を戻し項垂れる。  課長がそんな調子だから、もちろん皆、口を噤む。
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