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「セーラ。君には申し訳ないが、婚約を()()させてほしい」  バージル殿下の自室に呼び出されたと思ったら、いきなり婚約()()を打診されました。 「何か私に不手際でもございましたか?」 「君はいつだって完璧だった。王国の薔薇と褒め称えられるほどに」 「それならばなぜ」 「こんなことを言うと叱られるかもしれないが、君と一緒にいてもドキドキしないんだ。それどころか胸が痛くなってしまう」 「ドキドキしない、ですか」  思いがけない言葉に、言葉がつまってしまいました。  性格の不一致ならわかるのです。王太子である殿下と辺境伯令嬢である私。個々の相性よりも、政治的な思惑が優先されます。  もしくは、別に好きな女性ができたという理由でも理解できないことはありません。その場合、お相手は愛妾として留めていただいて結構です。正直不満はありますが、そこは正妻として振る舞うのみ。  ですが、まさかこんな理由を突きつけられるとは。もともと薄ぼんやりしたところのある殿下ですが、どこぞのハニートラップにでも引っかかったのでしょうか。  確認のために後方に目をやれば、殿下の侍従たちが青い顔をして必死に首を横に振っておりました。なるほど、その線はないのですね。ますます理解不能です。 「……殿下、お言葉ですが」 「いくら政略結婚とはいえ、僕にも結婚生活への夢がある」  あなたがそれをおっしゃいますか?  だいたい、どうして「破棄」なのでしょう。事前に根回しを行うのですから、「解消」ではないでしょうか。流行りの芝居の見過ぎではありませんの?  なんだか私、腹が立ってまいりました。 「もちろん、君のこれまでの貢献には報いることができるように、補償金はしっかり支払わせてもらう。次の婚約者も僕が責任を持って選定を」 「いいえ。結構でございます」  この数年間をお金で解決されてはたまりません。それでは、私があまりに惨めではありませんか。 「その代わり、ひとつお願いを聞いてはいただけないでしょうか」 「なんだろう」 「婚約を解消する前に、私とデートをしていただきたいのです」 「……デート?」 「ええそうです」  なんですか、その顔は。だって私たちときたら、王宮で開催される茶会や夜会以外では執務室で仕事ばかり。婚約者というよりただの同僚です。しかも仕事は爽やかにデスマーチなのですから、「ドキドキ」する機会もないのです。 「それはまあ、可能だが」 「嬉しいですわ。早速日程を調整いたしますね」  私はとびきり美しく礼をとると、ドレスの裾を翻し早足で部屋を出ました。さあ、(いくさ)の始まりです。  乙女心を踏みにじる殿下がいけませんのよ。腰を抜かすくらい、ドッキドキのけちょんけちょんにしてさしあげます。首を洗って待っていてくださいませ。
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