作文2

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※※※  家の扉を開けると、まったくいつも通り。お兄ちゃんが幼児番組を観てぴょんぴょんぴょん。 「ただいま、お兄ちゃん」  その背中をポン、と叩こうと手を出すと、お兄ちゃんはうるさそうな顔をしながら、わたしの手にタッチしてきた。それからまた、なにもなかったようにテレビへと目を向ける。 「……ははっ」  別になんてこともない。いつものお兄ちゃんだ。これが、わたしのお兄ちゃん。ただ、それだけのこと。なのに、なんだかちょっと笑えてくる。 「――お帰り」  ママの声が、台所からした。身体と顔を居間の方に向けて、優しく微笑んでいる。 「……ただいま、ママ」  それから、ぐっとお腹に力を込めて「ごめんなさい」と頭を下げる。 「朝、酷いこと言っちゃった。ごめんね、ママ」 「酷いことなんて。ママも、いつも花ちゃんに――」 「そうじゃなくて」  言葉を遮られたママは、きょとんとわたしを見返した。 「わたし、ママを泣かせようとしてた。わざと傷つけるような言葉選んで。だから、ごめん」 「花ちゃん……」  だって、ママを泣かせることができたら、それだけわたしの言葉がママに響いたってことだから。でもそれって、小学生の男子が、好きな女の子にいじわるするのとおんなじだ。やっぱり、ガキってことだ。 「手伝いたいけど、わたし、今日はちょっとやんなきゃいけない宿題があって」 「うん、大丈夫。パパが今日は早く帰って来て、お兄ちゃんのお風呂とか見てくれることになってるし」 「なら良かった」  手を洗って、パタパタと階段を駆け上がっていく。  お兄ちゃんが一番で、わたしが二番目だとか。――多分、聞いたって優しい答えが返ってくるだけのこと、これ以上考えたって真実は分かりっこない。  ただ分かる事実もある。それは、わたしにママとパパが優しいってこと。  そしてわたしは、いざとなったらママたちの手伝いができるし、お兄ちゃんのことを助けられる。  これも、ただの事実。それ以上は、バカみたいな思い込み。そんな思い込みのせいで、ママとパパがくれる優しさを受け取らないのは、それこそバカだ。それで傷つけようとするなんて、大バカにもほどがある。  部屋の机に座って、真っ白な作文用紙を置く。  わたしの生活は、昨日までとなにも変わらない。お兄ちゃんがいて、ママがいて、パパがいて。生まれてからこれまで、ずっと一緒。多分、これからしばらくは。  お兄ちゃんは変わらず幼児番組観て、ワケわかんない「こだわり」をもって奇声をあげて、わたしもママも、パパだって振り回されて。  でも別に、不満はあるけど、不幸なんかじゃない。  だってこれが、わたしのふつうの毎日。  わたしの日常だから。  シャープペンシルが、原稿用紙の上を走り出す。  わたしとわたしの家族を、描くために。
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