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序章 深宮寺一家壊滅 4 太陽系連合会定例総会 ⅰn上海 ②(〝神龍〟神津龍介)
定例総会は予想通りに荒れた。
地球圏内の組織とギーガを中心とした地球圏外の組織では、そもそもの考え方に相違点があり過ぎた。
昔からの一家やファミリーを重視し、任侠道を中心とした組織運営を主張する地球圏内の組に対し、いまや裏社会とはいえここまで規模が大きくなった組織を、商売として利益主導の形態にしようと画策する地球圏外、特に準惑星帯の組とが真正面からぶつかった。
特に三年前の加入と同時に理事の地位を得たギーガ率いる〝オーガニゼーション・プルート〟(略称OP)は、準惑星帯に限られていた活動域を、無制限に解除することを提案して来た。
それと同時に列席者を驚愕させたのは、太陽系外の組織との正式提携までをも議題に挙げたことであった。
中でも激怒したのが大島剛造であった。
「こら小僧、俺たちは会社組織じゃねえんだ。確かに若い衆を食わすためには金儲けも必要だが、そりゃあ最小限にしとかなきゃならねえ。どうしても商売をしてえんなら、極道を辞めて企業家にでもなりゃいいだろ。それも真っ当なルートでな。俺たちの本道は素人衆を護ることにある、質の悪い半端者んどもから善良な市民を護るのが侠客だ。この大島剛造の目の玉が黒いうちは、銭儲けのためにはどんな事でもする手前えらの好きにゃあさせねえよ」
「このアレクも剛造親分の言い分に賛成だ、こんな糞みてえな議案は連合会として認めねえ。会の副会長としても、常任理事としてもな」
アレクサンドル・ロマノフスキーが、巨体を揺らして吠える。
「俺も常任理事の一人として反対する、文句があるなら力で言ってこい。WWGがいつでも相手をしてやる」
月の顔役ウィーキィ・ウィーキィ・ガンボバが、ジロリと列席者を見回す。
「誰か意見があるなら言ってみな、それとも地球圏内の星にどこからかMTN(極小規模限定核)でも打ち込んでくるつもりか? やれるもんならやって見な、そうなりゃ戦争だ軍隊が動くぞ」
若いギャングスタ―のロウレルが、挑発的な台詞を吐く。
「意見がねえんなら、この議題は二つとも却下だ。誰も文句はねえな、文句がありゃあいつでも来い、侠客〝深宮寺一家〟が受けて立つ。艦隊だろうが核だろうが持って来やがれ、そんなもんじゃ俺はビクともするもんじゃねえ」
迫力のある剛造の一喝に、事前にギーガと示し合わせていた組織の親分たちは気圧されて、黙り込んだままである。
剛造の後ろに立っている〝神津龍介〟〝ドクター・ゼロ〟が、不気味に睨みを利かせている。
神津龍介は深宮寺一家の若頭、ドクター・ゼロは剛造の舎弟頭である。
二人とも太陽系裏社会では、知らぬ者のない大看板だ。
「黄会長、見ての通りだ。誰も意見はねえようだから、会としてこの話しはなかった事にして貰おうか」
剛造が定例総会の議長であり、連合会の会長でもある黄巨峰に目配せをする。
「わかった、ではこの議案は正式に否決されたものと認める」
会長の決定に、ギーガが異を唱える。
「ご列席の親分衆、これでいいのかい。古臭いカビの生えたような任侠道とやらで、ビジネスのチャンスが奪われようとしてるんだ。このままじゃ外宇宙の組織に攻め込まれ、太陽系の組はみんな潰される。こっちから門を開き、いまの内に手を握り合う方が得策だと思うが」
ギーガが親分衆の説得を始めた。
「黙りやがれ外道、往生際が悪いぞ。お前えの議案は否決されたんだ、ごちゃごちゃ言わず引っ込んでいやがれ。それとも会の決定に楯突こうってえのか」
金剛力とまで言われた大島剛造の一睨みで、さすがのギーガも黙らざるを得ない。
その時のギーガの憎しみに燃える目が、神津龍介を不安にさせた。
神津龍介、またの名を『火星の神龍(シェロン)』、深宮寺一家の若頭を務める剛造子飼いの極道である。
十一歳のときに孤児となり、火星の貧民窟で野良犬同然の生活をしていた所を剛造に拾われた。
それ以来、彼は実の息子同然に愛情を注がれ成長して行った。
苗字も大島に変えさせ、剛造は龍介を稼業とは無縁に育てた。
通常の学校へ進み成績もよく、そんな龍介を剛造は自慢の息子として可愛がった。
龍介が十七歳になった時、聯合宇宙軍特別士官学校への入学が決まった。
軍人としてはエリート中のエリートで、太陽系中から生徒が集まる所だ。
学業だけではなく、体力も並外れた能力がなければ試験資格さえ与えられない。
合格率は0.3パーセントと言われている超難関校である。
学校からの推薦もあり、龍介は嫌々ながら受験した。
そんないい加減な有様なのに、龍介は合格者三十人の中の一人に選ばれた。
しかも成績は、全体の三番目だという。
しかし龍介は入学を拒んだ。
なんと組に入りたいと言い出したのだ。
当然剛造は猛反対した。
「お前を極道にするために育てたんじゃねえ。こんな稼業は世間の半端もんが集まって、馬鹿をやってる所だ。俺は絶対にお前を組には入れねえ、どうしてもってんなら縁を切る」
烈火のごとく怒った剛造は、引き取って以来初めて龍介を殴った。
後にも先にも剛造が龍介に手を上げたのは、この時だけである。
その時に龍介に口添えしてくれたのは、当時の若衆頭の新田儀一であった。
彼は龍介が剛造の元に来た当時から、若、若と言って何くれとなく気遣ってくれた男である。
出入りの際の凄まじさとは打って変わり、普段は〝仏の儀一〟と呼ばれるほど気の優しい性質で、剛造からも組員からも信頼を得ていた。
事前に相談を受けていた儀一も、当初は反対した。
しかし龍介の意志が固いことを知ると、渋々折れた。
「若がそこまで決心なさってるんならしょうがねえ、あっしも親父っさんに頼んでみましょう」
最後はそう言ってくれた。
「親父っさん、若、いや龍介の気性は親父っさんが一番ご存じのはずだ。一度言い出したらてこでも変えねえ、まるで親父っさんの若いころそっくりだ。あっしからもお願げえします、どうかこいつを若い衆にしてやっておくんなさい」
そんな儀一の協力もあり、龍介は十七歳で正式な組の若い衆となる。
その際に苗字も元の神津に戻し、本家の部屋住みという立場から始めることになった。
その後は剛造の手足となり、数々の修羅場を潜り抜け五、六年もする頃には、押しも押されもしない極道になっていた。
三十一歳のときに、神津龍介は深宮寺一家の若頭に抜擢される。
若頭の儀一が、長患いの末に亡くなったのを受けての処遇だった。
彼の遺言は〝俺のあとは若に、若にやってもらいてえ〟であった。
十四年ぶりに〝若〟という言葉を口にした儀一には、大男の龍介が十一歳で剛造の元に来た時の、ちょっと拗ねたような目をした寂しそうな少年に見えていたのかもしれない。
〝いいかほかのやつも聞いてくれ。色々と意見はあるだろうが、どうか若を盛り立ててやってくれねえか。俺の最期の頼みだ、どうか若を──〟
それが〝仏の儀一〟と呼ばれた男の最期の言葉だった。
古参の若衆や年配の舎弟たちが数多いたが、どこからも不満の声は出なかった。
誰から見ても、彼の実力そして人柄は抜きん出ていたのだ。
現在四十二歳になった龍介は、あと四、五年もすれば剛造の跡を継ぎ深宮寺一家の九代目を継承するものと目されている。
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