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大学構内の食堂に女の子たちが集まっている。
どこにでもある光景だが、その中で一人だけギターケースを持った女の子がいた。
「ちょっと和紗。話聞いてる?」
「うん、聞いてるよー」
明らかに適当な返事をしたギターケースを持つ女の子――乙黒和紗は、皿に残っているフルーツをいじりながら退屈そうにしていた。
地方から神奈川にあるこの大学に入学した和紗だったが、仲良くなったもののいまいち他の子たちと話題が合わず、一緒にいてもいつもこんな感じだった。
集まっている女の子はいつもSNSで盛り上がっている話ばかりし、次の日にはまたその日に話題になったことを口にしている。
情報が早く、移り変わりが激しい流行。
一日ずつ流行りも変わり、誰もがそれに群がる。
和紗には、皆どうして大して好きでもないことを、ずっと話すのかが理解できなかった。
それとやはり十代後半から二十代になったばかりの若い女子のグループだけあって、恋愛の話が多いのも彼女を辟易とさせていた。
「おーい、和紗。スタジオ行こうぜ」
そこにヘッドホンを首にかけた女の子が和紗に声をかけてきた。
髪の色はブロンドでその瞳はブルー。
集まっていた和紗の友人たちは、現れた女の子を見て驚いている。
「あッフネ。オッケー、今行く。それじゃね、みんな」
和紗はさらに残っていたフルーツを食べると、食器を持って席を立った。
それから食器を洗い場の前に置くと、声をかけてきたブロンドの女の子のもとへ歩いて行く。
「よかったのか? あの子たち、友だちだろ?」
「ああ、別にいいよ。音楽に勝るものなし。フネとスタジオいるほうが楽しいもん」
ブロンドの女の子の名はフネ·スカイウォーカー。
日本人の母とアメリカ人の父を持つハーフの女の子で、生まれたときから日本にいるのもあって日本語と英語を話せる。
ちなみに日本名は空歩舟だ。
和紗の誘いに乗った軽音サークルの唯一の人間で、バンドメンバーが集まらなかったのもあって、二人は大学の外にあるスタジオで練習している。
大学の側にあるスタジオに入ると、和紗とフネはそれぞれセッティングを始めた。
和紗はギターケースからチェリーレッドのセミ·ホロー·ボディーのエレクトリックギターを取り出し、シールドでギターアンプと繋げる。
彼女が使用しているギターは、レトロなサウンドと外観を持つVOX Bobcat V90というモデルだ。
楽器をやる多くの女子がフェンダー系やギブソン系であるレスポールのシェイプを好むのに対し、ずいぶんと渋いチョイスである。
電源を入れ、和紗は音が出るのを確かめるようにギターを弾き始めた。
激しく歪んだ音――乾いたヴィンテージのようなサウンドが狭いスタジオを埋め尽くしていく
「機材が少ないから準備が早いな。羨ましいよ、ホント」
「そんなことはいいから早くしてよ、フネ。こっちは合わせたくってしょうがないんだから」
「はいはーい。もうちょっと待ってな」
フネはドラムセットのセッティングを終えると、リュックサックからノートパソコンを取り出した。
それからパソコンをスタジオ内にあったミキサーに繋ぎ、DTMで作った音源を流す。
和紗とフネはバンドではなくユニットだった。
それは先に述べたようにメンバーが見つからなかったからだ。
ジャンル的には90年代のオルタナティブロックに影響を受けた打ち込みのギターサウンドといったところ。
メインボーカルとギターパートは和紗で、フネはドラムスとバックの音源作り、それとコーラスとたまにボーカルもとる。
「準備オッケー。いつでもいけるよ」
「よし! じゃあ始めようか」
ドラムスの側にマイクとパソコンを置き、フネがクリックするとスタジオのスピーカーからバックの音が流れ始める。
EDMやラップを当たり前に聴いている世代らしいテクノサウンドが流れ、フネがスネアを叩いて曲に入ると、和紗もギターをかき鳴らした。
音はテクノサウンドとはいっても、やはり生のリズムとアンプから出るディストーションのおかげで、とても有機的に聞こえる音楽だ。
そしてどんなに濃密なサウンドスケープで激しい音で演奏しても、和紗とフネはポップミュージックを愛しているのでマニア向けの曲にもなっていない。
誰かに聴いてほしいと感じられる、メロディーを重視したものになっている。
曲が始まってからスタジオが終わるまで、和紗とフネはろくに会話することなく演奏を続けていた。
それは単純に、音を出しているのが楽しいからだった。
スタジオでの時間はあっという間に終わり、会計を済ませた二人はスタジオ内にあるテーブルに腰を下ろしていた。
「もう終わっちゃった。やっぱ二時間じゃやり足りない」
「しょうがないじゃん。毎週のスタジオ代だってバカになんないんだし。学生のうちは我慢せんとね」
「ああ、うちが金持ちだったらなぁ。そしたら自宅にスタジオを造ってずっと音を出せるのにぃ」
「はいはい。他のお客さんが増えてきたし、いつまでもバカなこと言ってないで出るよ。それに、あんた今日は用事あるって言ってたじゃんよ」
「そうだった! ごめんフネ、先に帰るね! 後でまたLINEする!」
慌ててギターケースを担いだ和紗は、駆け足でスタジオを出て行った。
和紗がすっかりと忘れていた用事とは、彼女が昔から神奈川の大学に行きたがった理由――憧れの人と会うというものだ。
時間的にはまだ余裕だったが。
和紗は一度家に帰ってシャワーを浴び、メイクアップしたかったのもあって、これまで生きてきた中で最大の全速力で走る。
「もう電車来てんじゃんッ!? こりゃネクロフォビックを超えるスピードで走らりゃ間に合わん!」
アメリカのスラッシュメタルバンドであるスレイヤーの曲名を叫びながら、和紗は駅の階段を駆け上がり、周りの目など気にせずに電車に乗り込んでいった。
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