徒し世の忍

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徒し世の忍

「お主が金作だな?——お命頂戴つかまつる!」 「また?!」 「『また』とは何だ?」 「つい昨日も命を狙われたばかりなんだもの! 今度はどこの誰が殺しに来たの?」 「名乗る阿呆がいるか! ……とにかく、お主が里長の息子だということは調べがついてある。 では気を取り直して——お命頂戴つかまつる!」 「うわあぁ!助けて……っ、助けて曽良——」 ——金作。 彼は、かつて戦国の世で暗躍した忍一族の末裔だった。 時が江戸に移り変わり、大きな戦が起こることも無くなると 各地に点在していた忍の多くは仕事を失い、 農家や商人に転職する者が全国各地で続出した。 そんな中、江戸の世でも尚その名を 畏れられる影の集団が伊賀の忍である。 伊賀出身の彼らは現役で忍を続ける者が多く、 大奥や大名屋敷の警備をする者や鉄砲隊に所属する者もいれば、 役人が仕事をサボっていないか監視したり 浮気調査や人探しのような探偵業を営む者まで それぞれの特技を活かした働き方をしていた。 そして特に優秀な者、とりわけ身体能力に秀でた若い男は 徳川幕府に仕える忍集団に所属し、将軍——御上お抱えの忍として、影の界隈で一目置かれる存在だった。 そんなエリート忍者を輩出する伊賀の里で 代々長を務める家柄に産まれてきたのが この金作という少年——のちに『松尾芭蕉』を称する男である。 未来の里長として期待を受けて産まれた金作だったが その身分ゆえ、彼は幼い頃から命を狙われ続けてきた。 襲ってきた者の多くは、伊賀とは異なる里から派遣された忍の者だったが 時には伊賀の次期里長の座を狙う同郷の者から 寝首をかかれそうになることもあった。 金作が存在するだけで不都合だと思う者は多く、 それゆえに何度も殺されかけてきた彼が 今日まで生き延びて来れたのは、 彼が忍者としての才に恵まれていたから——ではない。 金作には、いつも助けてくれるヒーローが居たからである。
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