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「人魚姫って、最終的には泡になっちゃうんでしょ?」
フラペチーノをすすりながら、私は隣に座る男に向かって無遠慮に訊いた。
同じくフラペチーノをすすりながら、さっきから男はちらちら私の様子を盗み見ている。いや、すすれていない。ストローすすれないのか?
「泡だって? まさか! ボクは人魚だけど、お姫さまじゃないし、そんなのは人間の作り話だよ。ボクらはどんなことがあったって泡になんてならない。死んだってただの死体になるだけ。ちゃんとこうして人間にだって変身できる優秀な魚類なんだけど……さすがにそんなバカみたいな話はないよなあ」
横たわる人魚の死体⁉︎ うお、遭遇率はめっちゃ低いけど、遭遇したら怖! なるほど本物がそう言うんだから、死んでも泡にならないってのは間違いない、か。
「へえ、そうなんだー」
薄っぺらい三日月の、ぼんやりとした淡い光、それを補うように煌々と輝く街路灯のたもと。出会いは砂浜を散歩中。波打ち際、ワカメだかコンブだかの海藻を頭にかぶってバタバタしていたところ、なんだこれ? と思いつつ、私が手を貸した。
防潮堤に座ったおしりがひやりと冷たい。
ざざあ。
ざざあ。
静かに繰り返される波音に耳を傾けてみる。黒い海は月の光を反射させ、時々キラリキラリと一瞬の輝きを見せていて、その様子を見ていたら、うまれては弾けて消える、泡沫のようだなとなんとなく思った。
たくさん生きた。
その間、色々なことがあった。
それらがその泡沫のように、思い浮かんでは消える。
長生きな種族に生まれてしまった弊害なのかもしれない。
それでも人魚(族)についての知識は皆無。長々しい緩慢な人生、新しい知識は時に、軽い刺激を与えてくれる。
私がストローを咥え、すうっと吸うと、彼も横目で見ながら私の真似をしてすうっとすする。けれど、フラペチーノの液体は、決してストローを登っていかない。ヘタクソか。
仕方なく、自分のものを砂浜に置き、彼のものを強制的に取り上げる。フタをストローごとパキッと取って、はいと渡す。口つけて飲みゃ、飲めるだろ。と。
「あ、ありがと」
そして、カップを口元に寄せていく。舌を伸ばして、ぺろぺろしている姿を見て。あ。歳下の男、可愛いかもしれん、と思った。
そもそも人魚ってなに食べるん? 魚? だとすると寿司なんて、まるで共喰いの乱舞じゃねーか。
私の大好物、たこ焼きとか食べさせてあげたいけど、タコがお仲間だったら、どうすりゃいーの。人魚と付き合うのって意外とむずう。こうなりゃ肉だ肉! 肉一択!
ふと見ると、彼はフラペチーノに夢中の様子。
ううーん、フラペチーノの飲み方ひとつに、こんなにも萌えぇぇな日がこようとは。よしよし、もっと色々と美味しいものを食べさせてやろう。
「いつ海に帰るの?」
「月が丸くなったら」
ほう。それはまだまだ先のことだね。これはチャンスだと、ニヤリと笑う。
「じゃあ、時間はたっぷりあるね」
「早く帰ってもいいけど、兄さんにあんまり早く帰ってくるなって言われてるから」
「女連れ込んでるな」
「え、なんでわかるの?」
うぷぷ。驚きで目が皿のように丸くなってる。誰でもわかるよ、そりゃあんたより長生きしてるもんね。200歳だって? は? この若造めが!
「じゃあさ、」
私は心でほくそ笑んだ。潮風が、優しく頬を撫でていく。あんまり肉食系になるんじゃないよと、諌められている?
それでもニコッと笑って、ちょっとだけ上目遣いでのお誘い。
「ウチくる?」
「えっっいいのっ?」
はいどうぞ遠慮なく。
「決まりね。こう見えて私、お金はあるからなんでも買ってあげれるよ」
「わわわ、ありがとう。服とかお金とか、あんまり持ってないから助かる」
傍らにはリュックがひとつ。ふにゃっと崩れているその姿。確かになんも入ってなさそう。
今度は彼が照れながらもニッコリ笑う。おや、これは犯罪級の可愛さだ。
「このフラ、……フラペチーノもありがとう」
「どういたしまして」
「これすごく美味しいね」
はい可愛いが決定〜〜。
ああ、この調子だと次の満月を迎える前まで我慢できなくなって、送りオオカミ(いやお迎えオオカミか)になってしまいそう。美味しそうな魚を前にして、理性を保つ。忍耐力なんて言葉、無意味に等しい。
海水の味はちょっとしょっぱくて苦手だけど、シャワーを浴びちゃえば大丈夫。全身を舐め回して、気持ちよーくしてあげる。
可愛いぞ。歳下の男め。
今宵の月は三日月。まだまだ自前のふさふさシッポは出ない時期だけど、たまにくしゃみをすると、その拍子に出ちゃうこともある。
正体は明かせない。気をつけねば。
ざざあ。
ざざあ。
それなのに潮風が鼻をこちょこちょしていくもんだから。
「へ……へっくしょん」
おっと。言ったはなに。やばいおしりがもぞもぞしてきたぞ。
でも私の可愛いお魚クンは気がついてないみたい、ちょい天然入ってそう。大丈夫。
はー美味しそう。ぺろり。
「本当に、君の家についてってもいい? の?」
「もちろーん」
フラペチーノを飲み終わる。正体がバレないようにと、出かけていたシッポをくるりと巻いた。
「じゃあ、いこっか」
ああ、早く満月にならないかなあ。
フルムーンの日の入りが、勝負の時間。
私の可愛いお魚クンがお土産でパンパンになったリュックを背負って海に帰るのが早いか、私がふさふさのシッポを振り回して大きな口からよだれを垂らすオオカミ女になるのが早いかの、ドキドキロシアンルーレット。
結果は当日までのお楽しみ。
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