九条蓮

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ニュースでは美しい顔を僅かに歪め、女子アナウンサーが月並みな事件ばかりを読み上げていた。 政治家の問題発言や、税務署の不正受給、暴走運転による事故や教師のわいせつ行為による懲戒免職。有名大学生が酒を飲ませ女性に集団暴行など、暴力団顔負けのニュースが息する様に世の中には溢れている。 「安藤組の組長と幹部が殺られたらしい。まぁ元……安藤組か。解散命令が出てる」 いぶし銀俳優顔負けの、渋い顔で間宮さんが暴力団らしいニュースを呟く。喉が潰れたようなしゃがれ声は、山のように積み上がった吸い殻のせいだろう。 組長の間宮さんは俺をこの世界で生かしてくれている。生かされている? この世界に入るキッカケになった人で、永遠に切れない親父だ。若い頃からイケイケでヤクザ界にカリスマが居るのなら、間違いなくこの人だろう。 「安藤組って……鬼道会の3次団体ですよね? 」 「ああ。直参の山王寺組の若中だったはずだ。ただ薬ばっかに手ぇ出して何人も捕まって、組員が金持って逃げたり、金も納められねえっつんで、もう解散になる」 煙草一つ咥える仕草でさえ、若い時から格好良くてガキなりに真似したもんだ。今はだいぶ年も重ねたけど、今もこの人の指先を目で追ってしまう。 「つーことは、山王組にとっちゃお荷物だった訳っすよね。何で今更そんなとこの組長たちが? 」 「その組長ってのも下手ばっか打つもんだから、山王寺ではもう格下げされるだろうって有り様で、薬の売買とかで外国人に恨みでも買ったんかも知れねぇな」 「輸入は中東辺りからでしたっけ。てことは、もしかしたらもう殺ったやつらは、こっちに居ないかも知れないっすね」 吸っている煙草の銘柄も、貰ったデュポンライターも手放せずにいるのは、この人以上に自分を捧げる存在が見つからないから。 親父の咥えた煙草に付けた火に、自分の腹の奥の執念深さを思い知る。誰かの一番でありたい……この人の一番でありたいと……こんな年になってもまだどこか願っている。 「ああ。解散予定だったとは言え、組長だったやつだ。山王寺組が必死で探し回ってる。俺んとこにも連絡が来た」 「親父は……山王寺組の若頭と昔、盃交わしてるんでしたっけ」 「ああ、まぁ古い若い頃のもんだがな。でも今は山王寺組の若頭だからな。恩売るためにも殺したやつら見つけ出せ」 「……いやいや。俺の話聞いてました? もう海の上でしょうよ」 「それでも探すんだよ。ヤクザだろ? 」 「いやいや。名探偵だろ……みたいに言われても」 「ヤクザも名探偵も変わんねぇだろ。名探偵だって違法行為スレスレなことすんだから。ああ、だけど下の奴らに今は下手な動きするなって言っておけ。難癖付けられて、疑われでもしたら面倒だ」 「下手な……分かりました」 どうしろってんだ。は飲み込んだ。 「何か分かったら連絡しろ」 「……はい」 本当に嫉妬深いのは女より男だと聞いたことがある。愛されたいと願うのは母親への感情と似ているかも知れない。 この人のそばにいることで、何となく俺の欲は満たされていた。だからずっと、この人の足元に惨めなくらいにしがみついて居たいと思っている。
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