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ドキドキする。
何に?
それは、これから会う人、見るもの全てに。
窓の外にはカラフルなジオラマの街が見えた。それはテレビでしか観たことのない世界で、思わず作り物だと感じてしまう私がいる。
窓から見える風景ひとつで、改めてここが日本じゃないと感じた。
お父さんに会いたいと思うようになったのは成人を意識した事が理由かもしれない。十八歳の私は父親という人に十年会っていなかった。お母さんはお父さんの悪口は一切言わない人だけど、離婚理由を察すると、それはよくある「性格の不一致」だと思う。
お父さんは離婚後、転勤でカナダのバンクーバーに住んでいた。
人生何が起きるか分からないと痛感したこの二年。最初に思ったことはお父さんに会いたいと言うことだった。
中途半端になってしまった高校の部活動と恋愛、学生生活の思い出作り。もう、人生で後悔したくないから、私はカナダまでお父さんに会いに行こうと思った。
お母さんから渡航の許可を得てお父さんに電話をした。電話越しのお父さんはいつもより声が弾んでいた。
飛行機のシートベルトのサインが消える。ああ、あと一時間もすればお父さんに会えるんだな。そんな思いが湧き上がる。
最初になんて声をかけよう。「元気? 十年ぶりだね」「写真で見るよりも少し痩せてるね? または、太ってるね?」
うーん。あっ、そうだ。「カナダ料理ってどんなのがあるの?」とかは?
……変、かな。
私から会いたいって言ったのに、何を話せばいいのか、何から話せばいいのか分からない。
頭の中を悶々とさせながら私は飛行機を降りて入国審査の列に並ぶ。心臓が、ドキドキしてきた。今から英語での受け答え、私に出来るかな。
列が進むと、今度は別の意味でドキドキしてきた。いくつか窓口があるけど、一番右のおばさんがめちゃくちゃ機嫌が悪い。「Next!」って怒鳴ってる。
別の窓口にあたりますように。そう祈りながら私はノートを広げる。えっと、何か聞かれたら「サイトシーイング」で通そう。
いよいよ私の番が近づく。右端のおばさんのイライラオーラがこちらまで漂ってくる。
左の窓口のおじさんが手を上げた。よかった。私はおばさんに捕まる前にと小走りで左の窓口に走り寄る。
おじさんは終始穏やかに、私に質問をした。なんとか答えると、通してもらえた。私はホッとした。
日本から九時間。ついに私はバンクーバー国際空港に降り立ったのだ。
実を言うとこれが私にとって初めての海外だ。そして、初めての一人旅行、十年ぶりにお父さんと会う。
緊張する理由のオンパレードで飛行機の中では一睡も出来ずに、気を紛らわそうと映画を延々と観ていた。映画を何本も観たから飛行機代の何パーセントかは元を取った気分だった。
緊張はそらすことが出来ても、頭の中は半分眠っているのは誤算だった。
私はボーッとしながら周囲を見て、ハッとした。当たり前だけど日本人は居なくて外国の人、それもアジア系が意外に多い。でも、そんなことよりも。
「誰もマスク、してない!」
思わず日本語で口に出してしまった。(と、言っても私は日本語しか喋れない。こんなんで一人お父さんの家に辿り着くのだろうか。不安でしかない)
マスクなしの人達を見ながらスーツケースを引き取って、お父さんのメールに指示された通りスカイトレインと言う電車に乗ろうとする。トロい私は案の定十分もかけて切符を買って、ホームで電車を待つ。
それにしてもここは夏だというのに過ごしやすい。暑いけど、湿度が低いからムワッとしていない。それだけなのにここまで不快にならないとは。恐るべし、湿度という奴め。
ホームの電光掲示板には、日本では○○:○○に電車が来ると言う時間表示だけど、ここではあと○分で電車が来ると書かれているようだった。(それくらいの英語は雰囲気で何となく分かる)
三分後、電車が到着した。私はそれを見て驚いた。
「えぇ! 車掌が居ない!」
いちいち声に出すものだから周りの人が不思議そうに私をチラチラと見てくる。
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