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第八章:7.小さな船
「久しぶり」
暗い部屋の中から、懐かしい声がする。
「その声、ディーワン!?」
ナオが声を上げる。
「しーっ。静かに」
ディーワンは人差し指を立てて、小さな声で言った。
「あ、そうだった」
僕はとっさに両手で口元を覆った。
「船はどうだ?」
ジャックがディーワンに尋ねる。
「問題なさそうです。さっき、軽くメンテナンスもしておきましたから。ナオ、いつでも乗れるよ」
ディーワンは、にかっと笑う。
彼の傍には、人が一人乗れるくらいの小さな船があった。漕ぐためのパドルも置いてある。
「ディーワン……」
「お前さんが逃亡していると伝達があったとき、必ず、俺の助けが必要になると思ったからな。身を隠すにしても、天界だと難しい。人間界に向かうだろうと考えた。だから、ディーワンにこっそり船を準備してもらい、俺はナオを探しに行ってたってわけだ」
「ありがとうございます。本当に」
「いいって、いいって。あ、船運びますよ。ジャックさん」
「よしきた。俺はこっち側を持とう」
ジャックとディーワンは、船を持ち上げると、家の外へと出て行った。
そのまま、草を踏み分け、家の裏にある茂みへと入って行く。
ナオはその後を慌ててついていく。
「川だ」
ナオが呟く。
少し歩いたところに、幅が二メートルほどの小川があった。
ジャックとディーワンはそこに運んできた船を下ろす。流れてしまわないように、ロープで木に括りつけるのも忘れない。
「この川をつたっていけば、人間界に行ける。俺が偶然見つけた裏ルートでな。見張りもいないはずだ。ええっと。あ、これだ、これ。ほら」
ジャックはそう言って、ポケットから折り畳んだ紙を取り出してナオに渡す。
「あ、地図!」
それは、川の地図だった。
「いくつか分かれ道があるが、その矢印の通りに船を向かわせればいい」
「わかりました!」
ナオは大きくうなずいた。
「ナオ、これ、持っていきなよ。お腹が空くかもしれないからな」
ディーワンはしゃがみこみ、自身のリュックから取り出した青い林檎を二つ船に積んでいく。
「ありがと」
おちゃらけたようで、色々と考えてくれているディーワンの心遣いに、ナオは感謝した。
「それからさ、俺、前にナオのことなんにも考えてないって言ったでしょ。あれ、ごめん」
「え?」
そんなこともあった気がする、とナオは思った。
天界に来たばかりの頃で、ディーワンと来世の希望のことを話していたときだ。
ナオは勇者がいいと思いながらも、とくに思い描ける映像がなかった。かといって、ジャックの果樹園でゆっくりしたいわけでも、天界で出世したいわけでもない。そんな心境を知ったディーワンは、呆れたそぶりを見せたのだ。
「今、ナオがどういう状況なのかはわかんないけどさ、追いかけられる立場になってまで、やりたいことがあるんでしょ?」
ディーワンはまっすぐにナオの目を見て言った。
「……うん!」
「だから、ごめんな。あんなこと言って」
「違うんだ。あのときは、ディーワンの言う通りだったよ。だから、君が謝る必要はないよ」
「でもさ」
「いいってば! ディーワン。林檎、ありがとう」
ナオはそう言って、ゆっくりと船に乗り込んだ。
「よし。忘れものはないな!?」
「はい」
「ディーワン、ロープをほどいてくれ」
「わかりました!」
ディーワンが、木と船を繋ぐロープをほどく。船はゆっくりと動き出した。
「ジャックさん、ディーワン、ありがとうございます。ほんとに、ありがとう!」
ナオは小声で叫ぶ。
「ああ。気をつけてな。幸運を祈る」
「ナオ、またな」
ジャックとディーワンはそう言いながら、手を振りナオを見送った。
ナオと青い林檎を乗せた小さな船は、緩やかな川の流れにのって進みだす。
人間界へと続く道を。
第八章 完
第九章「やるべきこと side B」へ
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