『砦』

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「まさか」 「恐らく。小規模ですけど」 「しかし、、、 事前調査でもあの山が活火山だという報告もなければ過去に噴火があったという文献や記録もない。 現在においても微細な前兆現象すらない」 「そういうことです。 人間は自分に都合の悪い情報や事実を軽視したり、無視する傾向がある。 一人の学者が、あの山が実は活火山だと訴えても自称専門家が調査して『開発は可能』という判断を出したなら、そちらを支持するんです」 「あんな小さな山が噴火とは、、、 嘘みたいな話だな。 いや、違うんだ。君の言うことを全く信じないわけじゃない。 ただ突然過ぎて、、、」 「わかります。 こんなこと言ってる僕だって正常性バイアスがかかって、時々、本当に噴火なんかするんだろうかと祖父や父を疑ってしまいます」 虎太郎は少し前に、今後の消防訓練をどうするかだとか、『節電』の貼り紙をしながら、呑気に温暖化のことを考えていた自分を思い出して言った。 「しかし、やはり君は確信するんだな?」 「最近政府が発表した電力逼迫(ひっぱく)を理由にした停電の裏側はわかりません。 でも原因不明のカラスの突然死などは無関係ではないと思っています。 太陽フレアによる磁気嵐は、 あらゆる計器の故障や大規模な電気障害をおこしますので、今回の予測が当たるのなら今後は停電だけでなく通信障害も目立って起きてくると思います」 綴りを閉じる虎太郎の手首を丑蜜が押さえて訊いた。 「あの山はここから望めるほど近い。 災害から身を守るとすれば相当な準備がいるな。何よりも時期が気になる。 噴火するとしたら一体いつのことなんだ?」 「多分半年位内です。 正確な日にちを特定できる祖父が死んでしまったので、この夏までの記録を読み解いてのことですが、おおよそそれくらいかと」 「小噴火でも一度起これば、、、」 「関東一帯は灰に包まれ、ライフライン、通信、サプライチェーンは機能不全に陥り、交通網の全ても遮断されて人々は建物の中に閉じ籠もるしかありません」 「なんてことだ」 あまりの内容に、丑蜜は口を開けたまま虎太郎を見つめていたが、自身とは対照的にきゅっと締めている不安げな口元に気づき、思わず大きな手で頬を包むと親指で口の端に触れた。 たっぷり一分はそうしていただろう。 丑蜜の視線に臆することなく、虎太郎もまた自身が打ち明けた秘密の、ほんの触り(・・・・・)に対する丑蜜の反応を見逃すまいと見つめ返していたのだが、 「うめね君」 「はい」 「キスしていいか?」 全く予想外のセリフを吐いて顔を寄せてくる丑蜜に暫し呆然とし、 「だめです」 顔を離して首を振り、その後ぷっと吹き出してしまった。
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