うめね君がいれば大丈夫  前編

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うめね君がいれば大丈夫  前編

【前編】 「着きましたよ、丑蜜(うしみつ)さん」 ─── 東京と神奈川の境に建つ、 とある一軒家 ── 大型の社用車から降り立った丑蜜(うしみつ) 白夜(さや)は、同行する竹内に案内され、門扉から少しだけ覗く平屋建ての古めかしい引き戸を見遣(みや)った。 年代を感じさせる日本家屋は、敷地を囲う生け垣とその内側にある紅葉した木々にわざと(・・・)隠されているようで、門前からは玄関と屋根の一部しか見えない。 ─── 二人が訪ねるのはこの家の家主、梅音(うめね) 虎太郎(こたろう)。 二十歳そこそこの地主を説得する為に、わざわざ上場企業の幹部が部下を伴いやって来たのだ。 会員権及びホテル事業で名を馳せる、 『リオントラスト』 通常であれば開発地の買収を目的に経営陣のナンバー2が地主宅まで足を運ぶ事などあり得ないのだが、企画開発に係る者の誰一人として持ち主である青年の首を縦に振らせられないでいるという体たらくに、陣中で最も若く将来においてもリオングループを統括する次期最高経営責任者として有望視されている丑蜜(うしみつ)が痺れを切らせたというわけだ。 昨今のコンプライアンスに則り、社員に向かって叱咤したい欲望を控え 破格の高対価と引き換えに この住宅街から少し離れた所に見える山の権利を譲り受けるべく自ら腰を上げることを選んだ。 持参するのは積みに積んだ額面だけではない。 今回は若干の(おど)しも添えて辞さないつもりだった。 「── 驚くほど可愛らしい子なんですけどね」 すでに諦めが見て取れる統括部長、竹内の呟きには、『年と顔に似合わず相当な強者』という事前情報も含まれている。 「だったらものの数日で落とせるだろ。 、、、筋金入りの老地主ならともかく」 「はあ。 しかし地元の不動産屋は(はな)から無理だと首を振りますし、連日に渡り企画開発部のメンバーを訪問させてきましたが門前払い。 一歩たりとも中に入れてもらえません」 「大の大人が揃いも揃って子供一人説得できないとは」 「これが見かけに依らずでして」 「まあいい。 とにかく、この俺を動かしたからには それなりの覚悟を持ってもらおう。 この案件に関わった開発部の連中は次回役員会において全員レイオフの対象にする。いいな」 可能な限り足繁く通わせたにも関わらず、捨て値に等しい原野一つ手に入れられない者らを雇用し続けるつもりはなかった。 そう。 丑蜜率いる『リオントラスト』が買い付けようとしている土地は、市街地でもなく人気のリゾート地でもなく、買い手側が値を叩けるような山林で、相場など無いに等しい。 ましてや相手は先祖代々の土地を頑なに守る老人でもなければ競合たるデベロッパーでもないのだ。 世間から見向きされない原野を売ってくれと言われるだけ『幸運なこと』なのだと、何故誰一人として二十歳そこそこの青年に分からせることができないのか。 丑蜜は土地の開発計画と施設設計だけが日々独り歩きしてゆくことに苛立ちを募らせていた。
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