逃走

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逃走

 高校の夏休みを迎えた一条(いちじょう)朱音(あかね)は、母の許可を得て1泊2日の小旅行に出た。目指すは青い海だ。田舎の街から電車を乗り換え、2時間ほどで太平洋を望む防波堤に立っていた。目の前に広がる煌めく大海に眼を細める。肩まで伸びた黒い髪と白いスカートが揺れた。  砂浜では沢山の若者が海水浴を楽しみ、空を抜けそうな高い声を上げてはしゃいでいる。ビーチボールで遊ぶ若者の一群が、周囲の海水浴客の眉をひそませていた。そんな砂浜の景色は、憂鬱(ゆううつ)を育む学校と同じに見えた。  浜辺の歓声は大きな力を持っている。それは磁石のようで、ある者は強く引き付けられ、ある者は強く撥ねつけられる。空も海もどこまでも広いのに、どうして自分は息苦しいのだろう。……何かに圧迫されているのか、自分の中の何かが欠落しているのか、理由は分からない。 「馬鹿らしい……」不安を言葉ではねのけた。  海水浴をするつもりだったが、浜辺を占拠して遊ぶ若者たちと自分は違う存在で、そこでは楽しめそうにないと感じた。この気持ちのままで波に身を浮かべたら、誰にも気づかれぬまま沖まで流れそうだ。
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