Side story

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すぐさま反応した叶恵が、地域の粗品で貰ったタオルを手渡した。 必死に、自分の髪や衣服をタオルで拭いていく舞。 その横には、同じく頭から濡れた状態の銀太が立っていた。 平静を保ち、安穏としていたはずの店内が、急に騒がしさと自己マイペースの雰囲気に飲まれていく。 黙ったまま立ち尽くしていた銀太の顔に、拭き終えたタオルが放り投げられ、息もつかずに母親の舞は、叶恵に言い放った。 「えっとね〜、とりあえず、タコ焼きを2人分。それと、ビールね。」 「は〜い、どうも〜。」 叶恵が、注文を受けた返答をすると同時に、舞はもうカウンターの空いた席に腰掛ける。 その後叶恵が、皿に盛ったタコ焼きを2皿、待っていた冴子と希の前へと運んでいった。 「はい。お待ちどうさま〜。」 熱々に出来上がったタコ焼きを、食べはじめる二人。 その頃舞は、カウンターの奥へと勝手に手を伸ばして灰皿を手に入れ、タバコをふかし始めた。 濡れた体をうまく拭けずに、手間取っている銀太だったが、千恵がすぐにタオルを取って手伝ってあげる。 「銀太。大丈夫?」 コクリと、ただ頷く銀太。 その時千恵は、そっと銀太の額に手を当ててみた。 突然の事に驚いた表情をした銀太であったが、すぐに千恵が小さな声で伝える。 「『秘密同盟』だよ。」 そう言われて銀太は、一瞬ニッコリと笑顔を見せると、従順な飼い犬のように静かに目を閉じ、身を任せた。 何も言わず、目を閉じたままの銀太と、手を額に当てた状態で、何かを感じとっている千恵。 その時の千恵は、極《ごく》僅かなピリッとした静電気みたいなものを片手に感じながら、静かに呼吸して神経を集中している。 小さな微量の静電気たちが、幾つも電流のように手を伝って脳裏へと走っていくのだった。 そうして千恵は、眩しい光の線が頭の中を飛び交っていくシーンを感じ取る。 暗闇の中で、時折チカチカッと何かの映像が見えたり消えたりして過ぎ去っていった。 幻想的な映像と現実世界が、フラッシュバックのように脳内の視覚野に流れていき、千恵はそれらを黙ったまま、凝視している。 それは、目である視覚で見るというよりは、脳の中で感じ取っている、というものだった。 そこには、年齢4〜5歳ぐらいの男の子が、幾つもの場面で現れてくる。 更に、所々乱れた映像シーンの中で、どこからか鐘《かね》のような音が鳴り響いていた。 嬉しそうに、母親らしき女性と手を繋ぎ、笑顔を見せる男の子。 名前は、御影 那智。5歳。 千恵の脳裏に浮かび流れていく映像は、常に鮮明ではなく、所々モノクロであったり、古いフィルムのように乱れた線などが邪魔していた。 それでも途切れる事なく、ショートドラマのように映し出されている。 ——————————————————。 幸せそうな日々を送る、御影 冴子と那智。 母と子は、これほどまでにお互いを感じ、想い合い、繋がっているものなのか。 そして月日は流れ、冴子は、とある病院の診察室にいた。 ある年輩の男性医師が、母親である冴子へと告げる。 「残念ですが、那智くんは、小児脳幹部グリオーマです。」 「えっ? ・・・それって。あの・・どういった?」 「つまり、脳にできた癌です。子供に多い癌ですね。」 「そ、そんなあ・・・。」 椅子に座ったまま、崩れるように悲鳴をあげる冴子。 「しかも、かなり進行している。厳しい状態です。」 冴子は、両手で顔を伏せたまま、身動き出来なかった。 那智は最近、複視(物が二重に見える症状)を伴う内斜視が出現し、手足や表情に麻痺が出て歩行がふらつき、時々嚥下障害が出てむせ込んだりしていたのだ。 それから数日して、冴子が那智と二人きりで話をしている。 しばらく黙って話を聞いていたが、那智は力強い声で言った。 「ママ。大丈夫だよ。僕、治療して病気を治すから。」 悲しみの声に詰まらせながら、冴子が辛そうに言う。 「・・・那智。でもね、その治療というのは、放射線治療をするみたいで、凄くキツいかもしれないの。無理なら、やめても・・。」 それでも那智の意思は変わらないようで、首を何度も横に振って言葉を返した。
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