おたまじゃくしの憂鬱

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 半個室で八部屋ある安静室のベッドメイキングを終え、さらに扉の向こうの待合室に隣接した採精室を開ける。  独特な匂いの塊がむわっと体を包んだ。五月ごろの若葉の茂る時期の湿った空気と、よく似ている。  パッケージが開かれたままの熟女系DVDのケースを手に取りため息をついたとき、背後から声がした。 「うわ、見たやつくらいちゃんと片付けてほしいよね」  振り返ると、先輩の小谷(こたに)が顔をしかめていた。 「そうですね」  言いながら、奈央は機器からDVDを取り出し片付ける。  小谷は、奈央より二年前に入職した先輩だ。部署内で一番歳が近く、下っ端の仕事を教わることが多いので話しやすい。 「奈央ちゃん逃げたでしょ」  お見通しのにやり顔を向けられてしまった。業務外では奈央ちゃんと呼ぶ小谷は、あの手の話を奈央以上に好まない。 「えっ、ばれましたか」 「興味なかったら、ないって言ったほうがいいよ?」  いやいや入って三ヶ月でそれ言える空気ではないですしそれに、 「興味はあるんですよ」  真顔で言い切る奈央に、小谷はくすりと笑う。 「そうだった。奈央ちゃんは、SP(精子)にうなされてるだけだったね」
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