思い出パンチ

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 その後のヒーちゃんは、僕の印象を変えることは決してなかった。ヒーちゃんは基本的にとんでもないやつだった。物乞いをしてる日もあれば、襲撃をしている日もあった。最初、僕はヒーちゃんのことを、性格が凄まじく悪い親に躾けられたのかだろうと思っていた。だからヒーちゃんに親がいないと聞いてびっくりした。よく生き残れたなと感心していると、自慢げにヒーちゃんは自分の白い髪と赤い目を指さす。赤ん坊の時は目立つし弱そうだからという理由で、あの赤ん坊の死体のような役割をしていたらしい。だからそれなりに大事にされて、生き残れた。  そんな環境だったのだから、歪んだ人間になっても、おかしくないのかもしれない。  はっきりいって、ヒーちゃんの存在は僕にとって、迷惑以外の何物でもなかった。顔を合わせれば、トラックかわしをやろうと持ちかける(走行中のトラックに突っ込んで、ギリギリのところで避けるという危険極まりない遊びだ)。電柱に登ろうと誘ってくる。喧嘩をしようと呼んでくる。  うざかったけど、面白い時もあった。嫌いではないけど、好きじゃなかった。だからといって、進んで関わりたくなかったし、明日明後日あたりに僕のことを忘れてほしいと願っていたりもした。だけど、僕の祈りは虚しく、神にまで届かなかった。  ヒーちゃんは幼なじみと呼ぶような仲になるまで、続いてしまった。  ぜんぜん、友達なんかじゃないのにね。 「なあ、ユキノジョウ。喧嘩。殴りに行こうぜ」  翌日。間違ってタイムスリップして、人生をもう一度やり直しているんじゃないかって思うほど、昨日と変わらない天気と、ヒーちゃんの台詞。  僕はうんざりとしながら首を振った。 「ねえ、バカ? 昨日も喧嘩してボコボコにされたばっかじゃん」  ヒーちゃんは昨日、けっきょく一人で喧嘩をしに行った。運が悪かったのか、そうとうボコボコにされたらしい。右腕を庇っているし、唇は切れているし、目蓋は紫色で魚人っぽい感じに腫れている。その傷顔で笑ってみせて、すぐに痛そうに眉を寄せる、ということを繰り返していた。こうなるから、喧嘩なんかやめたほうがいいのに。 「今日は今日の風が吹くの。それに、昨日はおれ一人だから負けたんだし、ユキノジョウがいるならマジ勝てる。だから行こうぜ」 「やだよ、そっちの喧嘩に巻きこまないでくれるかな」 「おれの喧嘩はお前の喧嘩だよ」 「自分の喧嘩は自分一人で責任持ってよ」  冷たく鼻で笑ってやると、ヒーちゃんはこの世の終わりみたいな様子で地面にうずくまる。ダンゴ虫のように丸まりながら、なんやかんや騒いでいた。  怪我をしても元気なやつ。ヒーちゃんが落ち込むことってあるのだろうか。見たことないけど、きっとないんだろうな。喧嘩脳だし。 「あっちは三人いたんだぜ。おれ、一人だったし。ああ、思いだしたらむかついてきた」 「ねえ、殺されなかっただけマシでしょ。いいじゃん、命は助かったんだし、はい、この話題は終了ね」 「終了じゃない。おれが負けたの。マジ悔しくない? ここは仕返ししたくない? マジありえなくない?」 「知らないよ。仕返ししたかったら、一人で行ってよ」 「ユキノジョウは冷たい。おれがこのまま一人で仕返しにしに行って殺されてしまってもいいっていうんだ。なんて野郎だ」 「はいはい」 「もういいよ。わかった。一人で行ってくるよ。もう本当、一人で行っちゃうから」  ふてくされた表情でヒーちゃんは道路に駆けだしていく。てててーっと走り去る姿を見送り、僕は空に視線を移した。数分過ぎた頃、道路から声が聞こえる。 「本当に行っちゃうよ。いいの? おれ、一人だよ、寂しくて死んじゃうよ!」  本当に逝ってしまえ。という暴言を呑みこみ、僕は肩を竦めてみせた。 「ねえ、ヒーちゃん。昨日負けたくせに、今日勝てると思ってるの?」  道路から戻ってきたヒーちゃんを正座させると、僕はくどくどといってやった。ぶすくたれた唇でヒーちゃんはそっぽを向く。 「お前がいれば勝てるよ」 「喧嘩、喧嘩、喧嘩。ねえ、よく毎日そうやって飽きないね。平和的に生きようよ」 「おれだって嫌だよ。面倒だし。でもやらないと、縄張りとられちゃうじゃん」  そんな縄張り、なくたって生きていけるのだから、無理くり主張しなくてもいいんじゃないか。そういうと、ヒーちゃんは「わかってないなぁ」といいたげに頬を歪ませる。 「おれは凶暴ですってアピールしといた方がいいんだよ。どっかのギャングからスカウトされるかもじゃん。ギャングになればいい仕事だってもらえる。お前も得だぜ」 「おれはギャングになんかなりません」
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