おるぼわーる

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 君のうでの中に、すっぽりおさまるぼくは、なにも言えずに雨にぬれていた。    ぼくの名前は「おるぼわーる」。とおい国の言葉みたいだけど、いみはわからない。    かんじばかりの国で生まれたから、よこ文字は苦手なんだ。だけど、君が名付けてくれたから好きだ。    空は青くてすきとおるよう、いつしか君が、ぼくのひとみと同じ色をしていると教えてくれた。    ぼくも、のみこまれそうなあんなとうめいの力つよい空気を、もっているのかな。だけど雨がぼくの毛皮にぼたぼた落ちてきて、むりょくな自分にきづかされる。        君がぼくと出会ったのは、クリスマスイヴだった。    なかまたちにかこまれて、ぼんやりとぼくはまっていた。だれかのうでにだかれることを。    そこへ君はやってきた。    となりのうさぎさんと同じピンクの毛並みをして、ぼくのそばにやってきた。手の平をつなぐのは、黒いおおかみさんみたいな毛皮のあの人。    君はぼくを見つめて、だきしめた。あの人はわらっていて、君からぼくをつかんだ。    そうしてそのまま、いつのまにかふくろの中に入れられて、ぼくは君のいえにいた。   「この子の名前はおるぼわーる。きれいでしょ?」    うさぎの毛をぬいで、はだかになってぼくをなでる君がいて、ぼくをはさむみたいに、あの人がたばこをすっていた。   「なんか不吉だな、わかれの言葉ではないの?」   「また会えるから、言うんじゃない。おはようのために、おやすみを言うのよ」    君はくりかえし、ぼくの名前をよんでくれた。その日から、ぼくはおるぼわーる。    ベッドの下には、きらきら光るツリーがあって、ぼくはそれを君のすきまから見ていた。    赤とみどりのかがやきは、ぼくらをあわくてらしていて、なんだかとってもうれしかった。    ぼくはだれかのものになれて、こうやられるために生まれたのだから。    たばこをすいおわったあの人は、ふくを着ると黒いコートでおおかみのすがたにもどる。シャツいちまいだけ着た君は、ぼくをうでにしたまま、あの人を見おくった。   「さようなら、またね」   そう、笑顔で手をふって。        それからは、ぼくは君から色んなはなしをきいた。        たとえば、あの人と、とおい海までりょこうに出かけたこと。    ぼくは海を知らないから、君はいっしょけんめいせつめいをしてくれた。    見たことないくらい、水色をした海で、あの人とすなはまを歩いて、波とたわむれたこと。    君はとちゅうですべって、びしょぬれになってしまったこと。あきれたように笑われてしまったけど、ばかにされるのも楽しかったこと。    くるくるひょうじょうをかえて、くすくす君はしゃべってくれた。   「おるぼわーるもつれてければいいのに」    君はそう言っていたけど、君からあの人のはなしをきくのはあたたかった。        ほかには、すいぞくかんのできごとだ。    白い大きなイルカさんがいて、目があうと、ぐぱぐぱあわをはいてくれたとはなしてくれた。    それもやっぱりあの人とで、君もだからぼくにはなしていたのだろう。   「かわいかったのよ、おるぼわーるは見たことあるかしら」    にこにこする君がかわいかったけれど、ぼくにつたえるすべはない。    あの人もこんな君だから、いつもいっしょにいたのかな?        またべつの日は、君はないていたりした。    いつもはうるさいけいたいもしずかで、ただただ君は雨を流していた。   「おるぼわーる。このままおわっちゃうの?」    君のかなしげな声は、毛におちるつぶよりぼくにしみこんで、ぼくもなきたくなったんだ。    どうして君はないているんだろう。あの人のはなしをききたいのに、君はあの人の名前を一度も口にしなかった。    無口なぼくはなにもできない。ただ君がねむれるまで、じっときいているだけしか。    こえがかれちゃうんじゃないかとしんぱいしたとき、君のけいたいが音をならした。    これはぼくもしっている、あのひとのメールのメロディ。    ぼくをなげて、すがりつくみたいにけいたいを見る君は、ぽかんと口をあけて、それから安心したみたいにいきをついた。    かべにへたれていたぼくをだきしめ、かすかに笑う。   「ふふ、ごめんねだって、よかった」    ぼくはなにもできなかったのに、あの人だけで君はなきやんだ。    よくわからないけど、よかったよかった。        それから、いっぱいとけいのはりはまわって、また君のへやにはぴかぴかツリーがかざられる。    ないたり笑ったり、たくさんのことがあって、あの人のはなしをきかされて。今日も君はあの人とケーキを切る。   「おるぼわーるはいっさいね」   「来てからいちねんか、長いな」   「わたしたちもね」    しあわせそうな二人のかげがかさなった。    ぼくは目をそらして、てんめつするあかりを見ていた。光とどうかしたみたいに、安らいだじかんだった。        それからも、君とあの人はかわらないはずだった。        ぼくはずっと、君からあの人のはなしをきくものだとしんじてた。    それがつづくって、本当に思ってた。    それは君も、あの人もそうだったと思う。      でも、さくらのさくきせつ、とつぜん君は、あの人のはなしをしなくなった。    いつか、ないてないてぱんぱんになったまぶたで、ぼくをだきしめたけど、なにも言わなかった日があった。    ツリーがあったばしょには、あの人がわすれた黒いコートがあった。    ごはんもみずも、ぼくとおなじになったみたいになにもしなくて、ただ君はじっとしていた。    ねむりもしなかった。    ときおり、コートを見つめてくるったみたいにさけんでた。    なにがあったのだろう。あの人はどうしたのだろう?    君の笑顔をつくるのは、あの人だったのに。            君のうでの中に、すっぽりおさまるぼくは、なにも言えずに雨にぬれていた。    ぼくの名前は「おるぼわーる」。ペンギンのぬいぐるみで、クリスマスイヴに君のものになった。    あの日から、君はときおりぼくをつれだす。ピンクのコートを着て、そしてぼくに黒いコートをまきつける。    外は夏であついのに、君はうさぎさんのままでいる。晴れすぎた空は君をてらすのに、あせもかかずに雨をふらす。    ぼくの青いひとみには、やけたアスファルトがうつる。    へこんだガードレールと、あざやかな花たば。たばことライターが、たいようにゆれている。        雨がぼくの毛皮をぬらす。けしきをにごらす日光でも、かわくことのないしずくで。
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