雨天芋天

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耳朶を打つ耳障りな音に、僕はうめき声を一つあげて起き上がる。どうやら寝落ちしてしまったようだが、今が朝か夜かもわからない。一日中陽当りの悪い立地という点を加味しても今日の部屋は一段と薄暗く、重苦しい雰囲気である。 思わず咳き込みたくなるほどの湿気と、サンダルが横にしか置けないほど狭い申し訳程度のベランダを打つ水滴の音。どうやら雨らしい。道理で寝こけてしまう上に、明るさで時間もわからない訳だ。寝癖を掻きむしりながら立ち上がり、床に散らかったあれこれに足をぶつけながら水を飲みに流し台へ歩を進める。浄水器が機能してるんだかしてないんだかよくわからない水だが、別段不味いとも思わない。始めは米を炊く時はわざわざミネラルウォーターを使っていたが、そのうち面倒になって水道水で炊くようになった。米は等しく腹を満たしてくれるからな。 すると、不意に腹が震えて悲鳴を挙げた。水を腹に入れたせいで胃を呼び起こしてしまったらしい。思えば昨夜はバイトから帰るなり、酒を煽ってそのまま寝てしまったのだった。眠りが深かったのか酔いは残ってないが、如何せん空腹はどうしようもない。 何かあっただろうか。 誰に言うでもなく、僕は独りごちながら玄関に置かれている冷蔵庫に歩を進めたが、仄明るい冷蔵庫の中に目ぼしい食糧はなかった。厳密には、新聞紙に包まれて忘却されていた何かが一本だけあった。その包みを開けて見ると、中から紫色の細長い物体が転がり出てきた。 「さつま芋か…」 数週間前、不意に大学芋を作ってみたくなって買ったものの余りだ。肝心の大学芋は大して美味く作れず、飽きて捨ててしまったが。そんなさつま芋とにらめっこしている内に、外の雨音も大きくなったように感じてきた。 すると、不意に脳裏に昔の記憶が蘇り、僕にわずかな気力を与えた。シンク下もついでに覗き、油の残量を確認して、ようやく行動に移る気になった。 「芋天…作っちゃおうかな」 普段自炊せず、それでも料理が嫌いでもなく、また変に凝り性のある人間が不意に手の込んだ料理をしてみたくなることはよくあることだと思うが、僕もまたその一人であったようだ。部屋の暗さを蛍光灯の光で打ち払い、僕はさつま芋と包丁を手に台所に立った。
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