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乙女ゲームにハマった理由
大学に入学して早々、私は人生初となる告白をされた。
講義を受けている最中に。
手紙という古典的な方法で。
文字を見た瞬間、びっくりして叫びそうになったけど、何とか堪えて隣りに座る告白相手に頷き返していた。
名前は知らない。
顔だってちゃんと認識したのは今である。
なのに、私は彼に恋をした。
僅か数秒で惹かれてしまったのだ。
というのも、小、中、高と引っ込み思案な性格が災いしてボッチを極めていた私は、対人スキルが底辺すぎて人から向けられる好意に慣れてない。
存在しない扱いが通常。
1日、誰とも喋らないのも日常茶飯事。
必要とされない日々に自己肯定感が育まれるはずもなく。
私「ごときに」ありがとうございます。
私「も」好きです。
単純にも短絡的にも導き出された答えは。
その三日後に間違っていたことを知る。
『だからさ、いい加減気付けよな。
お前に告ったのは賭けなんだよ。今時手紙だぜ? おかしいと思わなかったのか? 周囲にいた奴らがお前が頷いた瞬間、噴き出したのを聞いてないの? とにかくさ、もう俺に付き纏うのはやめてくれ。迷惑なんだよ』
対人スキルの低い私でもカレカノの定義は知っている。ランチを食べたり仲良く帰ったり……だから呼ばれてないけど彼の友人に混じってランチにお邪魔したり、彼の後をひたすらついて回っていたら……激怒された。
彼の暴露に彼の友人達が私を嘲笑う。
陰気でダサいだけでもウケるのに、真に受けるなんてキモいんだよ、と。
私はからかわれただけだった。
賭けという、これまた古典的な方法で。
その日のうちに大学をやめた。
両親を泣かせたくなかったので、部屋に引き篭もるだけで済ませたけれど。なんなら人間を辞めたいぐらいに傷付いた。
怖い。
生身の人間は意味もなく弱者を貶める。
弱者と見做した人を容赦なく、加減もなく、暇つぶしの遊び感覚で心をズタズタに引き裂いてくる。
私は逃げた。
悪意に耐性のない弱い精神が現実から目を逸らすことを選んだのだ。
あれから八年。
逃げ続けた私はゲームの世界にどハマりしていた。筋書きがあり、答えを間違えなければ必ずハッピーエンドを迎える乙女ゲームの世界に。
『我が魂と愛は永遠にお前のものだ』
イヤホン越しに聞こえるイケボな声優に腰が砕ける。目の前の美麗な画像に鼻が膨らみ興奮は最高潮。
ヤバい! カッコいい!
ラストのスチルに悶えること数千回。
何度やっても私のアリオン様は素敵過ぎる!
ハピエンの余韻に浸っていたら、急に違う音声が横槍のように入ってきた。
「まーたやってんのかよ」
「っ、ちょっ、返してよ! 」
「ヤダ。つーかさ、それだけやっててよく飽きないよな」
イヤホンを奪った男は眉間を顰めてPCの中のアリオン様を見ていた。
ヒロインである私と濃厚なベッドシーンを繰り広げている、ちょっとエッチなアリオン様を。
隣りの家のあー君だ。
「高校生に成り立てのあー君にR18はまだ早いよ。見ちゃダメ」
「今更だ。あーちゃんが八年前にやってた時から見てたよ」
「えっ!」
「知らなかっただろ。夢中だったもんな。ま、そんな事はどうでもいい。晩メシの時間だから呼びに来たんだよ」
ああ、確か今夜から一週間ほど両親達は揃って出張だったっけ。いい歳こいてニートを満喫しているダメな娘を、お隣さんは呆れることなく両親不在の折りにはいつだって世話をしてくれる。感謝しかない。
当時、八歳だったあー君に、見せてはならぬものを見せていた事実は隠しておこうと思う。
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