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数分間の沈黙の後、教室内の誰もが予想していなかった位置から、右手がスッと伸びた。
「……唐沢くん? 本気?」
教壇の上に立つ鬼塚は、戸惑いを含んだ声で問いかけた。
それを皮切りに聞こえはじめたクラスメイトたちのささやきは、ちょうど今しがた降りはじめた小雨のように唐沢を包み込んでいく。
「マジで?」「またいつもの冗談だろ」「信じられないんだけど」
「なにか、他に目的でもあるんじゃないの?」
ガタン! と、唐沢が思い切り立ち上がった拍子に、椅子が教室内に立ち込める空気を吹き飛ばすような音を立てた。
六月の湿気を帯びた教室の中で、誰もが雷でも鳴ったかのようにビクッと体を震わせる。
唐沢は、声高らかに宣言した。
「はい! 俺、本気です! 一生懸命やりますから」
教室はどよめいた。
外の雨足も、次第に早まってきている。
本降り前のようなざわめきが、教室を支配する。
「うわ、マジっぽいぞ」「まぁ、どうせ誰かがやらなきゃいけないことだし」
「まぁ唐沢がやるなら、いいかもな――」
そんな生徒たちの雰囲気も相まって、鬼塚は瞳を潤ませた。
いつもお調子者で悪ふざけばかりの唐沢の口から、まじめな言葉が出たのだ。
「唐沢くん、先生うれしいわ。本当に、ありがとうね」
声を震わせる鬼塚に、唐沢は胸を叩いた。
「おまかせください! 必ず最高のメロディーを奏でてみせますから」
教室は盛大な拍手に包まれた。
黒板には、音楽祭の役割担当が書かれている。
ピアノ演奏者は、坂井瑞穂。
その横の空白に、鬼塚はチョークを走らせた。
『唐沢鉄平』
その名は、指揮者担当の欄に力強く書き込まれた。
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