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交機の落ちこぼれ
訓練は過酷だ。一時も気を抜けない。スピード、バランス、そして何よりも研ぎ澄まされた感覚が重要だ。
だがわたしは青竜使いなのだ。こんな土竜ごときもの、目ではない。まあこれは土竜ではないが…。
交通取締用自動二輪車。白バイの正式名称だ。警察本部交通部交通機動隊に配備される大型自動二輪車で、車体の色が白だから、白バイ、なのよね。
「美咲!コース取りが甘い!パイロンいくつ倒してんだっ!」
「ひゃいっ」
「ひゃいじゃねえっ!ちゃんと並べてきやがれ!」
「ふぁーい」
「くそ甘ったれた返事してんじゃねーっ!この落ちこぼれが!」
その白バイにまたがり、さっそうと走って…いえ、現在無線で怒られてるのはあたし、美咲乙女。新米の白バイ隊員。現在しごかれ中。そのしごいてる鬼教官は伝説の『赤紙男』と異名をとる、おおよそ道路を走っている車両の運転手すべての疫病神、太政正樹という警部補だ。
なんせこいつに目をつけられたらどこまでも執拗に追いかけてくる、まるで悪魔のような白バイ隊員だ。まあ、ちょっとは尊敬している、あたしの小隊長だけど。
でもあいつ、やっぱドSだよー!
「よーし、今日の訓練は終了!各自、点検、洗車ののち集合、遅れるなよ。とくに美咲、おまえな」
「な、なんで」
「おまえは転がしたパイロンをちゃんと洗っとけ。いいな!」
くそー、やっぱあいつはドSの『赤紙男』だわね!
隊員たちは解散と同時に白バイの点検と洗車をする。洗車はもちろんホースで贅沢に水など使えない。バケツの水で丁寧に汚れを落とすのだ。
「おい正樹、ちょっとあいつに厳しすぎないか?」
そう言って石渡という白バイ隊員が太政にささやいた。やはり警部補の白バイ隊員で太政の同期だ。
「白バイ隊員は運転技術がすべてだ。それは命を守るということだ。自分の命を守るのも他人の命を守るのもだ。それをおろそかにしていいわけがない。それに俺はあいつだけに厳しくしているわけじゃない」
「言ってることはわかるが、じゃあなぜあいつのときだけパイロンの間隔がニ十センチみんなより狭いんだ?」
キッと太政は石渡を振り返った。
「俺はできないやつにやれとは言わない。できるから、できるのにやらないからだ」
「おまえはあいつを曲芸師にでもしたいのか?」
「あいつは必ず最高の交機の白バイ乗りになる。まあその前にちゃんとした警官にしなけりゃなんねえがな」
「交機の、ねえ…」
ふたりはそうして肩を並べて自らの愛車を磨きに行った。
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