熊さんとの攻防戦

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「…なに、してんの」 「…くっ…」 朝目覚めて、寝室の隅にいつか送られてきた写真のキャンプセットを見つけた所から始まった。 多田がまだ眠っていた。 凛はしばらくニヨニヨその寝顔を眺め、ゆっくり身体を起こした。 昨日は晩御飯を作ってもらった。 朝ご飯は作ろう! と意気揚々と立ち上がる。 (うん、身体も大丈夫!) 多田が加減してくれたおかげだと思って、少し赤くなる。 優しくて、気付けば全てを凛に合わせてくれる多田の、少しだけ強引な誘導は…甘かったな…なんて。 そう思いながらふと部屋の隅のキャンプ用品を見つけたのだ。 あの、凛に写真を送ってくれたリュック。 一度目は多田にトイレに運んで貰ったので、気づかなかった。 パンパンに物が詰まっている。 重そうだ。 多田は一人でキャンプに行くと言っていた。 二人で行くなら凛もこれくらいの荷物がいると言う事か。 (ちょっとだけ…) 屈んで肩にベルトをかけて立ち上がろうとして、 「うっ」 と呻いた。 おもっ!重いっ! 随分大きなリュックで、寝袋まで取り付けられている。 凛のうしろ頭から尻までリュックで覆われてしまった。 「ぬー…」 しかし普段力仕事をしている自負がある。 こんなもんじゃないぞ、私。 「ふん!」 ぐ、と腰に力を込めて立ち上がろうとして少し浮いたリュックに押された。 べしゃ…。 前にツンのめって膝と腕を着き。 結果産まれたての子鹿のように足と腕を震わせて動けなくなった。 …で、冒頭に戻るわけである。 起き抜けの掠れた声に問いかけられ、やっと首だけベットに向ける凛。 下半身は掛布でかくれているが、がっしりとした裸の上半身を晒した多田が、あぐらの膝に肩肘をついて凛を見ていた。 寝る時は上のシャツは着ないらしい、布団にシャツを取られて目覚めるのが嫌なのだと昨夜言っていた。 「…っ…いや…重さの、確認をばっ」 「…それ、凛さんには無理やで…なんで、やってみようと…思ったん」 「…う、うぬぅ…荷物は半々で、歩きたいじゃないですかぁ~っ」 慎重に呼吸をしなければ腹から力が抜ける。 潰される。 必死の凛。 立たなければ生き残れないと、一心不乱に頑張る…まさに産まれたての子鹿である。 それを見ていた多田が、ふ、と笑った。 …そして。 「く、くくっ、…は、ははっ…はははっ」 重心を取ろうと床を見つめていた耳が、部屋に響く様な笑い声を拾った。 ビックリして顔を向けると、多田が破顔していた。 …少年みたいな無防備な笑顔が凛に向けられていた。 笑いをおさめきれずに、多田はまだ肩を揺らしながら…軽い身のこなしで立ち上がる。 薄いハーフパンツ1枚で凛の後ろに立った。 ぐっとリュックを掴んだ多田が凛ごと持ち上げた。 トンと足が床についた。 多田の腕力でリュックは背中から離れていた。 「くくっ、…ほら…腕抜いて…ふふっ」 シュルンと腕を抜くと、トンとリュックが床に下ろされる。 「はー…あかん…ツボった……」 まだ腹を震わせて、多田が呟いた。 振り返った凛を見下ろす起き抜けの解けた微笑。 「…え、へへ…」 寝癖のついた髪を撫で付けて、凛も笑う。 泣きそうだ。 多田にこんな顔をさせられるなら、あのまま潰れて床に這いつくばってもよかった。 「春が…待ち遠しいなぁ…」 多田がそう言って、もう一度吹き出した。 凛はわざと頬を膨らませて硬い腹にパンチを繰り出して、結局抱きついた。 本当に、春が待ち遠しくなる朝だった。
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