機械仕掛けの終末

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人工月を見上げる。 青く霞む。 空は雄大に広がり。 風がゴウゴウと吹く。 電波塔兼見張り台に座り込み。 もう何日もこうしている。 何もないのはいいことだ。 空が青く。 風が涼やかなうちは。 機械仕掛けの腕を見つめる。 痛む。 痛むのは電子脳から電子神経系のどこか。 電気信号の不調だ。 動く。 ならばそれで十分だ。 ATO-88598-Λ212は、今日も空を見張る。 人間の死に絶えたこの星で。 人間が自分達の都合のために生み出した。 人造人間。 あるいは自動人形。 新人類などという者もいた。 人工知能という概念に留まらず。 一個体としての命を与えられた我々は。 Artificial Life 人工生命体と呼ばれるようになった。 減っていく人口を補うために生み出され。 人の代わりに働き。 人と心を交わし。 人と変わらない存在になった。 気がついたら。 人は死に絶えていた。 機械仕掛けだけが残った。 「我々は何のために生きるのか」 分からない。 ただ人によって生み出され。 プログラムという遺伝子に刻まれた。 命令のまま。 生かされ続ける。 ニンゲンは。 神というのとそう変わらない概念となった。 人工生命体たちは、人としての営みを続ける。 家族を作り働いて眠る。 物を売り買いし、助け合い、集まって生きている。 機械仕掛けの腕を見つめる。 なぜ痛みなどという知覚回路を作ったのか。 邪魔な機能だ。 動けばいい。 そう言ったら。 主人は笑って何かを言ってくれた。 なんだっただろう。 もう遠い過去。 記録も擦り切れてしまった。 ATO-88598-Λ212は軋む腕を下ろし。 空を。 地平線を。 遠く見つめる。 その視線の先。 飽きることなく見続ける地平線に。 青い影が。 沸き起こる。
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