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ビジネスパートナー
冴久は神妙な面持ちでドアをノックした。部署内に詠眞と交際していることが知られてから1週間が経った。
社内の至る所で視線を感じ、それでも平然と仕事をこなしてきたが、本日部長に呼び出されたのだ。
マーケティング部部長は、部門全体を統括しているため、企画部だけに留まることはなく他部門にも顔を出している。
冴久も部署内の社員と比べると関わる機会は少ないが、たまに企画部にやってきてはやる気がなさそうにボケっとしている姿を見るとこうはなりたくないと身が引き締まった。
それでも相手は上司だ。その上司に呼び出されたとあっては、思い当たる節は1つしかない。
「ああ、片岡課長。お疲れ様」
「お疲れ様です」
「そこに座って。今日呼ばれた理由がわかるかな?」
「見当はついています」
冴久は表情を変えずに言った。とはいえ、内心は落ち着かなかった。こうなるにはあまりにも早かったな、と自分を責めずにはいられなくなる。
それもこれも、不注意で詠眞の名前を呼んでしまった自分が悪いのだ。甘んじて受け入れるしかないと肩を落とした。
「一応確認だけど、横井詠眞さんとはお付き合いをしているってことでいいかな?」
「はい。お騒がせしてしまい、申し訳ございません」
「いや、別に僕はいいんだけどね。恋愛なんて個人の自由だし。まあ、片岡課長ならどこの部署でも欲しいだろうから異動ってことになっても悪いようにはならないと思うし」
部長の言葉に、冴久はやっぱり異動の話か……と納得する。あんなにもデスクも近く、数年間同じ部署内で働いてきた部下。それが彼女になった途端、こんなにもあっさりと離れることになるとは数ヶ月前なら全く考えられなかったことだ。
「はい。その、横井は……」
「会議でどちらかだけ動けばいいんじゃないかってなったよ。まあ、正直企画部にとっては片岡課長に動かれると痛手だろうから横井さんにって思ってる人も多いだろうけど」
「そのようなお言葉をいただき恐縮です」
「うん、でも横井さんは片岡課長との前にも噂が絶えない社員だったし、他に異動するってなってもあまりいい顔はされないかもしれない」
「ええ……。特に開発部は最近問題が起こったばかりですし」
「そうだったね。だからと言って営業部はさ、ほら……前の人が同じ階にいるからあんまりね」
さすがの部長も、賢人の話は詠眞の今の彼氏である冴久には言いにくいようで、もごもごと言葉を濁らせた。
「ええ。私も、自分が動くのが自然かと思っております」
冴久は、覚悟を決めた視線を部長に向けた。
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