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プロローグ
21時46分。1LDKのリビングにある布地のグレーのソファーに2人の姿があった。目の前には恋愛ドラマが流れているテレビがあって、賢人はじっと眺めつつ、時折隣の詠眞の様子を窺った。
付き合って5年目になる2人。先月賢人からプロポーズをし、今月の下旬には一緒に指輪を買いに行く約束をしていた。
そわそわと落ち着かない賢人に対して、詠眞の方は背もたれに寄りかかり手にはスマートフォン。横向きにした画面を食い入るように見つめていた。
ソーシャルゲーム、いわゆるソシャゲというものを半年前に始めた。きっかけは至ってシンプルだった。
同じ会社の同期として入社し、交際、婚約にまで至った賢人と約束していたデート当日に彼が熱を出して中止になった。お見舞いには行き、お粥を作ったり熱冷ましのシートを額に貼り替えたりと世話をした。
長居は無用だと早めに帰宅した詠眞は予定がなくなったことで暇ができた。よく広告で流れるパズルゲームだった。暇つぶしにでも始めてみよう。そんな安易な気持ちで始めたら、クオリティの高いガチなソシャゲだったというわけだ。
パズルが主と謳って起きながら、実際はギルドに加入してのイベントや個人任務が多く、1日かけてやることがとにかく多い。しかし、何気なく始めたそのゲームに今はどっぷりハマってしまっていた。
ギルドイベントは毎日違うものが行われる。イベントの開始時間はギルドマスター、通称ギルマスが決定、解放する。ギルドメンバーには社会人が多いのか、詠眞の加入ギルドはほとんどが21時か22時から開始されていた。
毎日の日課となったイベント。賢人に断りを入れて始めたが、詠眞は賢人の視線には気付かなかった。
それもそのはず。次々にゾンビが現れて、攻撃するのに忙しくてそれどころではない。自分よりも戦力の高いメンバーが倒していく中、詠眞も必死で食らいつく。
そんな中。
「なぁ、詠眞……」
「んー?」
「俺達、別れようか」
「えー? なに、別れ……えぇ!?」
詠眞はスマートフォンをボンッと勢いよく腿に叩き付けるようにして顔を上げた。左隣を見た時には、呆れた賢人の顔。
「もう無理だ。ずっとゲームばっかりでさ。結婚式の話もしたかったけど、詠眞と一緒に住んでいける気がしない」
「えっと、ちょっと待ってよ……。ごめんって。今日はもう止めるから」
「今日は止めるってなんだよ! この半年間ずっとだぞ!? 結婚決まったら止めてくれると思ってたけど、会う度に変わんない。これが毎日って思ったらマジで苦痛」
「ご、ごめん……」
詠眞は申し訳なさそうに顔を伏せた。しかし、「じゃあ、もうゲーム止めるから!」とは簡単に言えなかった。
その理由は他でもない、課金だ。このゲームにのめり込み、戦力を上げるため、レアアイテムを入手するため基本無料で出来るアプリにこの半年間で約25万円はつぎ込んだ。
一会社員の詠眞にとって25万は大金だ。今後も続けていくことを見越して課金したというのに、それをドブに流すような真似はできなかった。
「あの……プレイ時間を減らすからってことで別れるのは考え直してくれないかな……?」
おずおずと見上げた詠眞の様子に、賢人はわなわなと拳を震わせ「出てけー!」と大声を上げた。
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