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 らしくもなく、安西(あんざい)裕斗(ひろと)は緊張していた。  深呼吸を三回、咳払いを一回してから、三〇六号室のインターホンを押す。と、ドアの向こうで物音がした、と思ったら、二秒も経たずにドアが開かれた。 「友斗(ゆうと)」  真柴拓也(ましばたくや)が勢い余ってつんのめるような姿勢で呼びかけてくる。顔全体の筋肉を使ったような、嫌味のない、本当に嬉しそうな笑顔。 「拓也」  つられて裕斗も、上擦った声で相手の名前を呼ぶ。   ――参ったな。  彼のペースに乗せられるのは嫌だ。冷静さを保ちたいのに。  自分よりだいぶ上の位置にある顔に、つい見入ってしまう。  形の良い吊り気味の眉と、少し垂れ気味の奥二重の目。清潔感のあるちょうど良いサイズの唇。シュッとした頬のライン。  思っていた以上に、拓也は好みのタイプだった。写真よりずっと格好良い。 「早く入りなよ」  体の芯に響くような低い声も理想そのもので、こんな状況でなかったら、と惜しい気分になる。  裕斗は頷いて、差し伸べられた手の上に自分のそれをのせる。とたん、パチンと軽い痛みが走った。が、静電気なんかどうでも良いようで、強い力で玄関内まで引き寄せられた。そのままぎゅっと抱きしめられる。 「――もう怒ってない?」  お伺いを立てるような、媚が入った甘い声だ。 「怒ってないから来たんだよ」  広い胸に顔を埋めたまま答える。  一月の寒空を歩いてきた体に、温もりが戻ってくる。  ゆっくり息を吸うと、微かに石鹸の匂いがした。  ゆうと、と吐息混じりに呟きながら、拓也が頭を下げてくる。  ふいに、乾かしたばかりの髪の匂いがした。  裕斗は顔を上げて、拓也の頬に手を添えた。目を閉じる。  一秒後に、二人の唇が重なった。しっとりとした熱い唇だった。触れるだけのキスを何度か繰り返した後、拓也の方から舌を差し込んでくる。焦らす余裕もなく口内に招き入れて、彼の動きに合わせて舌を絡めた。  ざらついた舌の感触にゾクリとして、顔が震えた。深いキスは久々で、過敏な反応をしてしまう。  下腹が熱くなってくる。相手も同じで、裕斗の腹筋に硬いものが当たっている。  緊張が徐々に緩んでいく。  拓也の唇が離れ、今度は裕斗の首筋に吸い付いてくる。チュッと音がする。  間近に迫った彼の頭に手をのせる。  温かかった。ドライヤーの熱を含んだ髪の毛は、場違いなほど、清潔で無垢な匂いがした。だから興奮する。  裕斗の羽織っているコートを、拓也がスマートに脱がせていった。
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