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4.竜の姫(SIDE セスラン)
「セスラン様は、庶出なんでしょう?」
正面切って、無邪気に投げかけられた問いに驚いた。
ソーダ水のように透明な緑の瞳をきらきら輝かせて、唇に邪気のまるでない微笑を浮かべて。
「つらい思いをしたんですよね!」
元気で明るい声は、つらいという言葉になんとも不似合いだった。
だから怒るより、笑ってしまった。
この少女の、なんと怖いもの知らずであることかと。
少女はエリーヌ・ペローと名乗った。
次期の聖女オーディアナ候補の一人らしい。
聖女オーディアナ。
黄金竜の側室であり、竜后オーディアナの代理である。
普通はヘルムダール公家より、聖紋の出た公女がその任に就くが、今回だけはヘルムダールに二人、聖紋持ちが現れたらしい。
そこで異例の選抜試験が行われることになった。
と、ここまでは公式の話。
実のところセスラン達4人の聖使は、このエリーヌ・ペローが聖使用の聖女だと、皆気づいている。
セスランが召喚されたほぼ同じころ、他の3人の聖使も代替わりをした。
彼らは皆、強い魔力、竜の力を持つようで、その任期はとりわけ長くなりそうだと黄金竜から聞かされていた。
そこでその長い任期中、わずかの楽しみも希望もなしでは気持ちがもたぬと、寛大なる黄金竜のお情けである。
本命はもう一人の少女だとは、誰が見てもわかる。
ヘルムダール公国の跡継ぎとして育てられた公女、パウラ・ヘルムダール。
ヘルムダール特有の細い銀糸の髪に、特徴的なエメラルドの輝く瞳。
立ち居振る舞いは模範的な淑女のそれで、加えて飛竜を操る魔術騎士でもあった。
文句のつけようもない。
「セスラン様のお気持ちは、わたしわかります。お妾さんの子供だって、そんなのセスラン様には関係ないから」
幼稚な言葉で元気づけてくるエリーヌに、パウラ・ヘルムダールは俯いて視線を外した。
エメラルドの瞳に嫌悪や軽蔑が映っていたわけではなかったが、竜の中の竜であるヘルムダール公家の令嬢なら、当然の反応だとセスランは思った。
ただ一人の伴侶を生涯愛し抜く竜族にあって、庶出とは聞こえの良いことではない。
触れないように、見ないフリ聞かないフリを保つだけ、高位の姫としては礼にかなっている。
「セスラン様の本当のおかあさんって、もう亡くなってるんですよね? ゲルラに入る前は、どこに住んでたんですか?」
エリーヌが立て続けに質問してきた時に、それは起こった。
「いいかげんになさい」
つかつかとこちらに近づいてきたパウラが、エリーヌを真正面に見据えて厳しい声を上げる。
「目上の方にしかもお許しもなく、して良い質問ではないわ」
生まれのこと、育った環境のこと、父のこと母のこと、その他諸々。
かなり私事の領域に入る、デリケートな話題である。
貴族の間では、よほど親しくならない限り、この手の話題は取り上げない。
なるほど……。
視線を外して俯いたのは、エリーヌの無作法が気に障ったからか。
そう気づいて、セスランは少しだけほっと気が緩むのを感じる。
庶出を嫌ったからではなく、デリケートな話題を人前にさらしてしゃあしゃあとしているエリーヌにこそ、竜の姫パウラは苛立ったのだとわかって。
「畏れ多いことではございますが、あえて申し上げます。このような無作法は、許されるべきではありません。どうぞ然るべき方から、お叱りいただければと」
当代の聖女オーディアナ、4人の聖使。
おまえたちは何をしているのかと、パウラは言ったのだ。
注意すべきはパウラではなく、その5人だろうにと。
無作法だとパウラは怒る。
聖女オーディアナ候補といえど、エリーヌはヘルムダールの男爵家の娘に過ぎない。家格や位から言って、セスランの許しなく質問できる立場にはない。ましてあのようなごく立ち入った質問など、無作法どころではない。
ごくまっとうなことだった。
けれどセスランには新鮮だった。
これまでセスランのために、まっとうな怒りを示したものはいなかったから。
昂然と頭をもたげ背筋をしゃんと伸ばした後、腰をかがめてパウラは綺麗なお辞儀をして見せる。
「どうぞよろしくお願いいたします」
誰が見ても明らかだ。
本命の候補、本物の竜の姫君。
3人の聖使の、視線の温度が変わる。
そして多分、セスラン自身の視線の温度も変わっているのだろう。
本命の、本物の竜の姫。
次代の聖女オーディアナ、つまり黄金竜の側室になる姫だ。
惹かれても、その先はない。
庶出どころか半竜であるセスランが、竜族の頂点に立つ黄金竜と競うなど、端から考えられない。
(かなわぬ夢はみないことだ)
目を閉じて軽く首をふったセスランの腕に、柔らかい腕がからみつく。
「セスラン様~。聞いちゃいけないことだったんですか? ごめんなさい。わたし、知らなくて……」
うるうると涙の浮かんだ、ソーダ水の瞳が見上げていた。
聖使用の聖女候補。
わかりやすすぎる偽物に、己の立場がただ情けなく疎ましかった。
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