第3章 我が唯一は

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4.竜の姫(SIDE セスラン) 「セスラン様は、庶出なんでしょう?」  正面切って、無邪気に投げかけられた問いに驚いた。  ソーダ水のように透明な緑の瞳をきらきら輝かせて、唇に邪気のまるでない微笑を浮かべて。 「つらい思いをしたんですよね!」  元気で明るい声は、つらいという言葉になんとも不似合いだった。  だから怒るより、笑ってしまった。  この少女の、なんと怖いもの知らずであることかと。  少女はエリーヌ・ペローと名乗った。  次期の聖女オーディアナ候補の一人らしい。  聖女オーディアナ。  黄金竜(オーディ)の側室であり、竜后オーディアナの代理である。  普通はヘルムダール公家より、聖紋(オディラ)の出た公女がその任に就くが、今回だけはヘルムダールに二人、聖紋(オディラ)持ちが現れたらしい。  そこで異例の選抜試験が行われることになった。  と、ここまでは公式の話。  実のところセスラン達4人の聖使は、このエリーヌ・ペローが()使()()の聖女だと、皆気づいている。  セスランが召喚されたほぼ同じころ、他の3人の聖使も代替わりをした。  彼らは皆、強い魔力、竜の力を持つようで、その任期はとりわけ長くなりそうだと黄金竜(オーディ)から聞かされていた。  そこでその長い任期中、わずかの楽しみも希望もなしでは気持ちがもたぬと、寛大なる黄金竜(オーディ)のお情けである。  本命はもう一人の少女だとは、誰が見てもわかる。  ヘルムダール公国の跡継ぎとして育てられた公女、パウラ・ヘルムダール。  ヘルムダール特有の細い銀糸の髪に、特徴的なエメラルドの輝く瞳。  立ち居振る舞いは模範的な淑女のそれで、加えて飛竜を操る魔術騎士でもあった。  文句のつけようもない。   「セスラン様のお気持ちは、わたしわかります。お妾さんの子供だって、そんなのセスラン様には関係ないから」  幼稚な言葉で元気づけてくるエリーヌに、パウラ・ヘルムダールは俯いて視線を外した。  エメラルドの瞳に嫌悪や軽蔑が映っていたわけではなかったが、竜の中の竜であるヘルムダール公家の令嬢なら、当然の反応だとセスランは思った。  ただ一人の伴侶を生涯愛し抜く竜族にあって、庶出とは聞こえの良いことではない。  触れないように、見ないフリ聞かないフリを保つだけ、高位の姫としては礼にかなっている。   「セスラン様の本当のおかあさんって、もう亡くなってるんですよね? ゲルラに入る前は、どこに住んでたんですか?」  エリーヌが立て続けに質問してきた時に、それは起こった。   「いいかげんになさい」  つかつかとこちらに近づいてきたパウラが、エリーヌを真正面に見据えて厳しい声を上げる。 「目上の方にしかもお許しもなく、して良い質問ではないわ」  生まれのこと、育った環境のこと、父のこと母のこと、その他諸々。  かなり私事の領域に入る、デリケートな話題である。  貴族の間では、よほど親しくならない限り、この手の話題は取り上げない。    なるほど……。  視線を外して俯いたのは、エリーヌの無作法が気に障ったからか。  そう気づいて、セスランは少しだけほっと気が緩むのを感じる。  庶出を嫌ったからではなく、デリケートな話題を人前にさらしてしゃあしゃあとしているエリーヌにこそ、竜の姫パウラは苛立ったのだとわかって。 「畏れ多いことではございますが、あえて申し上げます。このような無作法は、許されるべきではありません。どうぞ然るべき方から、お叱りいただければと」    当代の聖女オーディアナ、4人の聖使。  おまえたちは何をしているのかと、パウラは言ったのだ。  注意すべきはパウラではなく、その5人だろうにと。  無作法だとパウラは怒る。  聖女オーディアナ候補といえど、エリーヌはヘルムダールの男爵家の娘に過ぎない。家格や位から言って、セスランの許しなく質問できる立場にはない。ましてあのようなごく立ち入った質問など、無作法どころではない。  ごくまっとうなことだった。  けれどセスランには新鮮だった。  これまでセスランのために、まっとうな怒りを示したものはいなかったから。  昂然と頭をもたげ背筋をしゃんと伸ばした後、腰をかがめてパウラは綺麗なお辞儀をして見せる。   「どうぞよろしくお願いいたします」    誰が見ても明らかだ。  本命の候補、本物の竜の姫君。  3人の聖使の、視線の温度が変わる。  そして多分、セスラン自身の視線の温度も変わっているのだろう。  本命の、本物の竜の姫。  次代の聖女オーディアナ、つまり黄金竜(オーディ)の側室になる姫だ。  惹かれても、その先はない。  庶出どころか半竜であるセスランが、竜族の頂点に立つ黄金竜と競うなど、端から考えられない。 (かなわぬ夢はみないことだ)  目を閉じて軽く首をふったセスランの腕に、柔らかい腕がからみつく。 「セスラン様~。聞いちゃいけないことだったんですか? ごめんなさい。わたし、知らなくて……」  うるうると涙の浮かんだ、ソーダ水の瞳が見上げていた。  聖使用の聖女候補。  わかりやすすぎる偽物に、己の立場がただ情けなく疎ましかった。
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