おかえり

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おかえり

 雨が差している黒い傘に当たる。激しく撃ちつけている筈なのに聞こえない。  あの日も雨が降っていた。俺の幸せを一瞬にして奪い去っていった。数日前、ここで妻が亡くなった。  警察は、事件と事故の両方で捜査をしたらしいが事件性はなく事故だという報告を受けた。   「……孝志さん?」 振り返ると、喪服姿の女性がビニール傘を差し立っていた。特徴的なシルバーのネックレスに目がいった。 「美咲さん……」  彼女は、妻の親友で妻が亡くなってから親身になってくれていた。妻が美人で優等生だったのよとそう美咲のこと言っていた。  美咲には、三歳の娘がいてシングルマザーだと聞いている。 「どうしたんですか? もうすぐ始まりますよ」美咲は、セミロングの黒髪を耳に掛けながら微笑んだ。 「……なんでもないですよ」俺は、小さく頷いてから美咲と自宅へ戻った。  ※  葬儀は、自宅で遺族・親族と極限られた友人知人のみでと希望した。  俺は、飾られた遺影の妻をじっと見ていた。君は、愛されていたんだね。家族や友人や職場の人達に____ 「大丈夫かい?」 白髪混じりの男性が声を掛けていた。妻の親父だった。 「……大丈夫です」 「そうか、無理せんように」 「……ありがとうございます」  妻の父は、俺の肩を労うように撫でて立ち上がった。  そこから葬儀から告別式が進みお花入の儀式へ。俺は、安らかに眠れる妻へ花を添えた。その妻の顔に触れごめんなと心の中で呟いた。    愛してる____ だから許せないんだ。俺から奪い去っておいてのうのうと生きている犯人が____ 俺は、近くにいた両親に小声で「馬鹿な息子でごめん」と言った。その言葉に母が何かいいたげな顔をした。俺は、それを頷いて微笑み返した。   「美咲さん」  突然呼ばれた美咲は、驚いて俺の方を見た。お花入れの儀式中集まった遺族や親族、友人までもこちらを見ている。お棺挟んで向こう側に美咲がいた。   「そのペンダント、僕に見せてもらえる?」 「え? これ?」美咲が胸元にあるペンダントに触れた。 「そう」俺は、頷いて手を差し出した。 「こんなの見てどうするの?」美咲は、仕切りにセミロング黒髪を触った。 「確かめたいことがあって」 「何を? こんなのどこでも売ってるものじゃない」 ここにいる全員がこのやり取りを見ていた。 「それなら僕が見てもいいよね?」  美咲の顔色が青ざめていく____何かに怯えるように首を横に振り始めた。 「……知らない! 私は、何も悪くない! なんで! なんで!! 実咲ばかり!!」  俺は、手を差し出しながら美咲に近付いた。美咲は、俺から逃げようと走り出した。俺は、土砂降りの中走っていく美咲を見付け追いかけた。 「いや! 来ないで!」 実咲……  俺の手にある物を見て、美咲が更に逃げ回った。先程いたあの場所で、美咲が転んだところを俺が馬乗りになった。  愛してる…… 「ママ!」という声が聞こえた____ 数メートル向こうで、幼い少女が立っているのが見えた。 「ごめんな……」俺は、持っていたナイフで美咲の胸を何度も刺した。  辺りに広がる血の匂いで、雨音がはっきり聞こえた。美咲の胸元にあったペンダントを毟り取り、自分の胸元にあるペンダントを並べた。  俺達にしか分からない言葉が浮かび叫び声を上げた。 実咲…… 「……おかえり」 愛してる…… 【完】
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