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累々と地に伏した采衣が、雨と鮮血をあまねく染ませて、ときおりうめきを上げていた。
哀れな悲鳴がまた一つ倒れて――その向こうから、ぬめった血眼が現れた。
「……谷神、谷神はいずこだ……」
その目は必死に何かを捜しているようで、決まったどこかを見てはいなかった。特徴的な橘黄色の錦繍衣は乱れ、返り血でまだらだ。
「……浩蕩王!」
向こうは李翰に面識がないはずだ。というか、そもそも豹に見覚えがあろうはずもない。
王に獣語は通じない。すぐさま牙から火花が散った。頭蓋まで響くのは、落雷か剣撃か。
首を折るのはたやすい。だが、相手が相手だ。かならず生きたまま取り押さえなければ。
阿修羅神のようだ、と李翰は思った。
王は夢遊病者のようにただただ莫の名のみを呼び、剣を振りかぶってくる――あらゆる手を尽くして仇敵から想い人を取り戻そうと猛る、あの西域の神さながらに。
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