すれ違う、他人にしたのは私

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 なんて格好良い男性なんだろう。  彼の第一印象というより、それは感情に近かった。瞳をすべて奪われてしまった後に、脳内を埋め尽くした私の感想は容姿についてだった。  恥ずかしいほどミーハーめいたものだと我ながら思う。だけど、イケ面なんて言葉が失礼なほど、華麗でビーティフルな人が私の目の前にいたのだ。二十とちょっと生きてきた中で、初めての感激だった。  彼はハーフなのかもしれない。そう思ったのは、瞳の色が私とは違うからだった。  彼はグレーにも茶色にも見える目を持っていた。コンタクトでは作れないだろう自然な色彩。例えるならば膜の層の違うシャボン玉だ。コロコロと角度によって変わる、不安定な色合いをしている。  そこはボーリング場だった。彼は私の隣のレーンで、仲間たちと青春のページを描いてるところだった。  スコアも悪い、何より運動が苦手な私は、ボールの重さによる腕の痛みを理由にして、いち早く勝負から抜け出していた。それは先程から彼が気になっていたからで、別につまらないわけではない。  私の仲間の勢いよく弾けるピンにおざなりな拍手を送りながら、私は美しい人に集中してる。友情を捨て、一目惚れを優先した。ひどいヤツだと思われるかもしれないけれど、虹色の瞳が私の心を捕らえてしまったのだから仕方ない。  それほどに綺麗な男性だった。  年令は幾つだろうか。彼を見て疑問に思う。中性的で額縁に閉じ込めてしまいたくなるような顔立ちをしている。つまり全体が絵画のように幻想めいていて把握できない。だけど笑うと、くしゃっと崩れる。これは嫌な意味ではなかった。遠く空にある月のような、触れられない絶対的なものがいきなり落ちてきたような、写真の中でしか知らない抽象的なものが、掴める位置にいるような。並べ立てると意味が解らなくなるが、ともかく、身近に感じさせる心地のいい笑顔だった。  どこか幼さを感じる笑みと、染めたのか自毛なのか分からないナチュラルな茶色の髪が似合うことと、妖精のように性別が曖昧なことから、まだ十代後半といったところかな、と勝手に設定付けた。  次に気になったのは彼の名前だ。知らない、まったくの他人に興味を示し、ただ見つめる私は気持ちが悪い。ストーカーの気があるのかも、思うが止められない。  彼以外の人に目を向けると、私の設定をありがたく裏付けてくれるように、金色の髪がよく似合う高校生ぐらいの少年が二人いた。その一人は髪をツンツンにした悪く言えば馬鹿っぽい、頑張って良く表現すると、ふざけた雰囲気でピエロに似ているけれど目つきだけは鋭いチーマー系。もう一人はパッチリとした瞳と荒んだ目元、リップクリームを塗りたくりたくなるほどの唇をした女遊びが上手そうなチビのちゃら男。それから、髪を編みあげてくるくるのふわふわにした、少し肌の黒い、化粧のせいで目力と言うよりパンダになっているギャル。反対に、このメンバーには合わない、清楚な黒髪のアヒルの口をした、スクール水着が似合いそうな童顔の小さな女の子がいた。どれも羨ましいくらい若い。そしてエネルギーがある。  しかしなぁと私は首を傾げた。チーマー。ちゃら男。そこからギャルは解るが、何故か清楚少女に飛ぶ。そして、貴族的な彼。アンバランスなメンバーだ。  それと彼の周囲は、クラスでも地味だった平凡な私とは異なる世界でもあった。女にとって所属グループの違いは越えられない壁だ。彼がさらに遠ざかるような感覚を抱いてしまう。  彼はいったい、どんな人間なのだろうか。  ちゃら男から推測してみた。もしかして彼は結構遊んでいるのだろうか。チーマーからプロファイリングを試みる。今時ギャングだったりするかもしれない。ギャルから繋げてみる。クラブとかいくタイプかな。清楚から連想した、あまりはしゃいだりはしなさそうだ。  まったく彼が掴めない。考えるたび、輪郭がぼやけていく。彼が纏う霧を払いたい。  じっと私は耳をすませてみる。これぐらいしか、できないからだ。  だけど世の中甘くはない。ガンガン鳴らされる音楽と、ボールとピンの爽快な騒音に薄められて、彼らの会話なんてよく聞こえない。  ちゃら男が阿呆みたいなポーズでボールを投げて、ストライクをとった。美しい彼が悔しそうに額に手をあてる。美しい彼の隣に座っていた清楚少女が、嬉しそうにちゃら男に手を振った。にやけた顔でちゃら男が上に吊された画面を指をさす。私はその存在にやっと気付いた。そうか、スコア表には名前がある。清楚少女と同じタイミングで、私は画面に顔を上げた。  テレビにはスコアと、やはりそれぞれの名前が記されていた。  サクラ、ココ、ミイヤ、アイコ、ヒロキ。最近の傾向か、変わった名前が二つある。それを見て、ちゃら男がサクラという名前だと分かった。変わった名前は三つだったようだ。近頃の名前は理解できない。ちゃら男は見方によっては可愛らしい顔をしている。否定はしない。だが、どう見ても男だ。
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