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「ゆっくりしていってね。上がって、上がって」  玄関のドアが開くと、線香の匂いが美優の鼻をついた。  美優はダイニングと続きになったリビングルームに通された。  リビングルームには和室が隣接していて、香の煙はそこから漂ってくるようだ。仏壇が見えた。仏花とお供え物がある。そういえば、そろそろお盆休みだ。きりりとした顔の男の人の写真も飾ってある。加瀬さんの旦那さんだろうか。二、三年前に病気で伴侶を亡くしたことを聞いたことがあった。  美優は加奈子にすすめられるままに、窓側へ向いたソファに腰をおろした。  加奈子が床から天井までの一枚窓をあけると、ひんやりした夜風が吹き込んできた。加奈子の住むマンションは町はずれの高台にあって、夜景が眼下に広がっていた。 「涼しいでしょ」部屋が五階にあるので風通しがいいのだという。「ビール飲む?」  美優が答えるよりも早く、加奈子はダイニングの冷蔵庫を開けて、缶ビールやら料理の皿を用意し始めた。 「あの、手伝います」  美優は立ち上がって、キッチンに向かった。 「いいの、いいの。あんたはお客なんだから。それにさ、あたしがあんたを無理やり引っ張りこんだんだから。座って、のんびりしてよ」  いつもの荒っぽい加瀬加奈子は影を潜め、それがかえって美優には意外な気がした。  美優はソファに座ったまま外を眺めた。なんとなく落ち着かなくて、加奈子の支度を見ては、夜空を見上げているうちに和室の遺影が気になった。 「お仏壇の写真、加瀬さんの旦那さんですか」 「そうよ。宿六と孫たちと一緒に花火を見るのが、ウチのお盆行事なのよ」  加奈子は焼き鳥と枝豆とポテトチップスの皿、缶ビールをのせたトレイをテーブルに置いた。 「あの、お焼香してもいいですか」 「あら、嬉しい」加奈子は本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。「あなた、今日は会社の人を連れてきましたよ。藤木美優さんといってね、厨房の頑張り屋さんなの。ヘマも多いけどね」 「初めまして。藤木美優です。加瀬さんにはいつもお世話になってます」  美優はお辞儀をした。  焼香を済ませると、ちょうど花火が上がったところだった。  天空いっぱいに色とりどりの光が広がった。    
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