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打ち上げが終わると、ジャックとあたしは亜弥ちゃんを駅まで送って行った。
蒸した夜を払拭するような涼しい風に吹かれながら坂を下ると、あちこちの草むらではもう秋の虫たちが鳴き始めていた。
暑さ寒さも彼岸まで、か。
ふと、お祖母ちゃんの口癖が浮かぶ。
「可愛い柄」
亜弥ちゃんの浴衣は白地にカラフルでポップなしずく柄で、華奢で色白な彼女によく似合っていた。
「ドロップみたいで美味しそうって加賀美くん。褒めてくれたのかな」
嬉しそうに笑う亜弥ちゃんに、あたしは何も言えなかった。
駅方向にむかう雑踏はもう混雑の第一波は越えたようで、小さな子を抱いた若い夫婦や学生のグループなどがぼちぼち歩いているくらいだった。
「あ」
亜弥ちゃんは改札口の前で壁にもたれて立っている男の子を見て足を止めた。
「加賀美くん」
男の子は改札を抜けてゆく乗客を不安そうな表情で見送りながら、なんども手のなかのスマホを確認している。
「待っててくれたんだね」
あたしは少しほっとした。
亜弥ちゃんは切なそうにきゅっと唇を噛んで、しばらく加賀美くんを見ていたが
「実はまだ誰にも言ってないことがあるんです」
と切り出した。
「え?」
あたしが聞き返すと、亜弥ちゃんは泣き出しそうな笑顔で言った。
「多分、下柳くんも加賀美くんの事が好きだと思うんです」
「え……」
「ダークホースにはなれなかったな」
と天を仰ぐ。
それから、
「今日はありがとうございました」
亜弥ちゃんはどこか開き直ったみたいにぴょこんと頭を下げた。
「あ、いえいえ」
「お姉さんのお庭、穴場ですね、花火大会の日」
「まあね」
「また遊びに行ってもいいですか?」
あたしはそのゲンキンな笑顔に吹き出しそうになった。
「いいけど、その前に加賀美くんにちゃんと謝るんだよ」
「ハイ」
それから亜弥ちゃんはカラコロと下駄を鳴らして駆け出した。
加賀美くんがどんな顔で亜弥ちゃんを振り返ったのか、見届けるまえにあたしは踵を返した。
「やっぱりりんご飴買って帰ろうか」
どうせ最後まで食べ切れはしないけど、なんだか無性に甘い物が食べたい。
予定外の夜の散歩にはしゃいだジャックが、わん!と一声嬉しそうに鳴いた。
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