逢魔が時

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夕陽が辺りを赤く染める頃。 『夕焼け小焼け』の歌があたりに流れる。毎日この時間になると、村役場のスピーカーから放送されるのだ。 「じゃあね、また明日」 「ばいばーい」 子供たちは手を振って各々の灯りのついた家に帰って行く。 電気が切れそうなのか、チカチカしている街灯の下を崇は一人歩く。 すると前方の電柱にもたれるように、一人の子供が俯いたまましゃがんでいた。 見たことのない顔だ、と崇は首を傾げた。 この小さな村で知らない子はいないはずなのに。 その子は下を俯いて動く気配がない。 もう夕陽が落ちて薄暗くなってきている。 早く帰らないと、帰れなくなってしまう。 「どうしたの、帰らないの」 崇が話しかけると、その子は驚いて顔を上げた。その顔に崇は息を呑んだ。 真っ赤な瞳。その瞳が崇をじっと見つめた。 「帰れないの」 「えっ」 迷子だろうかと慌てる崇。見たところ、まだ小学低学年のようだ。 「ちょっと人呼んでくるから待てる?」 「やだ、一緒にいて」 困ったなあ。 赤い目をしたその子は崇の腕を掴んで離さない。意外に力が強くて腕が痺れてしまうほど。 もう何分いるだろうか。辺りはすっかり暗くなってきていた。 一緒に歩こうとしても、イヤイヤと首を振るだけだ。 あたりの家から、美味しそうな煮物の香りが流れてくる。 この子の親もきっとご飯を作っているはずだ。そして心配しているだろう。 「ユウヒ」 ふと声が聞こえて顔を上げる。 するとそこにいたのは、手持ち燭台を持つ青年だった。 ベストを着て少し古めかしい服装。 「トバリ」 さっきまで腕を掴んでいた子が手を離し、その青年に駆け寄った。 「ずいぶん、探したんだぞ。この時間に出るなとあれほど言っておいたのに」 「ごめんなさい」 兄弟だろうか、崇はホッとする。これで帰れるはずだ。 二人の様子を見ている崇にトバリと呼ばれた青年が気づく。 「迷惑かけたね」 手を伸ばし触れてきた瞬間、崇の体にイナズマが走った。それは青年も感じたようで、二人とも顔を一瞬顰める。 なぜだろうかと崇はトバリの顔を見つめる。 蝋燭で照らされた瞳は左右違う色だった。 「…きみも一緒に帰ろう。おいで」 トバリが手を差し伸べた。逆の手に持つ燭台の蝋燭がゆらゆらしている。 崇はまるでその蝋燭と、トバリ自身に惹かれるようにして、その手を取った。 「もう探さなくても大丈夫だよ」 ようやく帰れるのか、と崇は安堵する。 三人の姿はそのまま、夜の帳に消えていった。 *** 『チカちゃん、知ってる?昔、ここで小学生が夕方いなくなったんだって』 ヒソヒソとユミが隣のチカに話す。 『うん、聞いたことあるよ。それに先生が探している間に事故に遭って死んじゃったんでしょ?まだその子を探そうとしてて、幽霊が出るんだって』 怖いねぇ、とチカが体を震わせた。 すると、男の子が言う。 『もういないらしいよ』 不意に聞こえた声に、チカが気づく。 『へー。成仏したのかなあ…って、あれ?ユミちゃん、今の声だあれ?』 【了】
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