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 公爵令嬢エマは、ポンコツである。貴族特有の当て擦りどころかド直球の嫌味を言われても、笑顔でおしゃべりを弾ませてしまう程度にはイカれている。 『まあ、いつ見ても公爵家の一員とは思えない無様なエマさまではございませんか。エスコート役の王太子さまが見当たりませんが、婚約者として見放されたのではありませんこと。さっさと妹君にお譲りになって引きこもった方がよろしいのではなくて?』 『ですよね! いや、本当に私もそう思うんですよ。なにをやってもイマイチの私に王妃なんか務まるわけないじゃないですか。それに比べて、あの子ときたら! もう控えめに言って、マジ天使ですよ。天使! しかも見た目だけじゃなくって、性格も完璧なんです。もう尊すぎて浄化されそう。あ、皆さんも拝んでおきます? 天使の笑顔を見たら、今日一日幸せな気持ちで過ごせること間違いなし。よかったら特製ミニサイズ絵姿(ブロマイド)をどうぞ。まあ、私は実物を毎日拝んでいるんですけどね。ふふん(ドヤ顔)」 『……まあ、仲のよいことで。し、失礼させていただくわ』 『そうなんです、仲良しなんです! わあ、わかっていただけて嬉しいなあ。それでですね、うちの天使がもう超可愛くて、この間も……』  エマに嫌味をぶつけたなら、身体中に蕁麻疹が出るほど家族自慢をされると巷で評判だ。おかげで最近では、いかに幸せな家族自慢ができるかということが貴族令嬢の嗜みのひとつとなっているらしい。実に平和である。  そんな能天気なエマにもいくつか悩みがあった。  まず、王太子と妹の関係である。ふたりは互いに想いあっているのだが、エマを差し置いて結婚することはできないと絶妙に拗らせているのだ。  エマとしては、王太子はただ昔からの婚約者であるだけで特別な感情などないし、可愛い妹が幸せになるのであれば喜んで婚約を解消するつもりでいた。  ところが、妹は公爵家の血を受け継いでいない義母の連れ子、つまり正確に言えば義妹なのである。頭がカチカチのお偉いさんがたは、その辺り納得できないらしい。公爵家の養子に入ったのだから身分的に問題はないにも関わらずだ。まったく困ったものである。  次に、慢性的な睡眠不足だ。  これは悲しいかな、ただひたすらにエマの能力の低さによるものだったりする。一を聞いて十を知ることができるのが王太子や義妹だとすれば、同じことを百聞いてようやく理解できるのがエマなのである。残念なことこの上ない。  いっそ平民落ちしてしまえば幸せな生活ができるのではないかと思っているものの、たいした魔法も使えないわりに無駄に高貴な血を引いている。腐っても公爵令嬢、平民になったが最後ロクでもないことに巻き込まれるに違いないというのが、関係者全員一致の意見であった。
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