プロローグ 勇者オクトーン、王に謁見す

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 ナタリー=ウィズリィ、15歳。治癒術士(ヒーラー)として天才の名を王都に轟かせた彼女は今日、勇者のお供として魔王を討つ旅に出る。  そんな彼女は、正式に勇者一行としての勅命を王直々に賜るため、ディーケナー王城に足を運んでいたのだった。 「うぅ、仕事で何度か来たことがあるとはいえ……お城に来ると緊張しちゃうなぁ。こればっかりは何度やっても慣れる気がしないよ……」  ナタリー自身もそれなりにいい家柄の出自であるが、それでも城は特別。その上、旅立ちの日という特別感を上塗りしている。緊張も無理のないことだ。 「あれ、お前……もしかしてナタリーか?」  そんな時、不意に声をかけられた。  きらびやかな城には似つかわない、ところどころ泥で汚れた格好の四十代ほどの男性。ともすれば、うら若き乙女に近づいただけでも不審がられそうな者であったが。 「ジャンスティン様! お久しぶりです!」  彼の名はジャンスティン=シェイバー。二十年前に仲間たちと共に魔王を封印した、先代勇者。当時の激しい戦闘によって左腕を失っているが、それでも人類最強に最も近しい実力者とされている、ナタリーの憧れの人物でもある。 「ははっ、やっぱりな。しばらく見ないうちに立派に育って……魔法力も、以前にも増して大きくなっているようだ。お前の努力が垣間見えるよ」 「いえ、そんな……私なんてまだまだ修行中の身で、ジャンスティン様のように魔王と戦うにはまだまだ……それより、ジャンスティン様は如何様(いかよう)な理由でこちらへ?」 「今日、俺の弟子が新たな勇者に王から任命されるのは知ってるだろ? その弟子がな、訳あって今まで山奥暮らしで人里に出たこともねぇもんだから、王様への挨拶ついでに俺が案外してやってるってわけよ」 「なるほど……で、そのお弟子さん……勇者様はどちらに? お姿が見えないのですが」 「ははっ、あの野郎、こういう場に慣れねぇもんだから、緊張して腹下したってよ。ああなるとしばらくトイレから出てこねぇだろうから、俺たちは先に王様んとこ行ってようぜ」  いくら尊敬する先代勇者の弟子とはいえども、見知らぬ男としばらくは二人旅になるのだから、ナタリーの緊張はそういう意味も込められていた。  だが、ジャンスティンの語る今代の人物像は、意外にも親しみやすそうなものだった。勇者といえども緊張はするのだと。  そんなわけでジャンスティンと共に王座の間へと足を踏み入れたナタリーだが、隣に頼れる大人がいるということで幾分かは緊張はほぐれていた。そして、先代勇者と親しげに話す国王の姿に、多少なりとも距離を近く感じたのだ。 「さて、其の方、ナタリー=ウィズリィだな。話は君の父上から伺っているぞ。素晴らしい才能に富んだ治癒術士であるとな」 「は、はいっ、私には勿体ないお言葉……恐悦至極にございます!」 「はっはっは、そう固くなるな……と言うのも無理な話か。ともあれ、その齢で自ら魔王討伐という過酷な旅に志願するとは大変立派なことだ。君のような臣民がいることを、私は誇りに思うよ」  その距離は、言葉を交わすほどに短くなっていく気がした。確かに相手はこの国の王、相応の威厳と貫禄があり、その器の大きさは疑いようもない。それなのに、変な言い方ではあるが、妙に親近感が湧く語り口調だ。 「……それはそうと、ジャンスティンよ。お前の後継者である今代勇者の姿が見えぬようだが」 「確かに、流石にちと遅すぎますね。城のあまりの広さに圧倒されて、道に迷っているのやも……しばしお待ちを。迎えに行って参ります」  それにしたって、ジャンスティンの方はあまりにもリラックスしすぎなような気がする。幸い、王様も気に留めていないようだが……それだけ彼が大物だということの証左だろうか。  その彼が弟子を探すために一旦退室してしまったため、ナタリーは王とその護衛の兵士を残した王座の前に取り残されてしまった。歳の近い者はおろか、同性もいないこの空間は、ハッキリ言って気まずすぎた。 『早く……早く戻って来てぇ! ジャンスティン様ぁー!』  と心の中で叫ぶと、祈りが通じたのか、その直後に王座の間の扉が開かれた。  そこにはジャンスティンと、もう一人……身長2メートルは優に越す大男。ローブを被り、布で顔を覆っているため、その顔はよく見えないのだが……。 『あの人が、私と共に旅をする勇者……? た、確かに、あれだけ大きければ頼もしいけど……怖いくらいに。なんで顔隠してるの? ……なんだろ、うまく言えないけど、違和感が……』 「おお、待っていたぞ、ジャンスティン。そして今代勇者よ。さあ、我が元へ来るがいい」  ジャンスティンとその弟子の大男は、王に招かれ王座へとゆっくり歩み寄っていく。  ナタリーはその間も、どうも胸のざわめきが治らなかったが、他の者は誰一人として気にする素振りがない。自分が気にしすぎているだけであろうか。それならそれに越したことはないのだが。 「ふむ、その全身くまなく鍛え上げられた巨躯……なんと素晴らしい。流石は伝説の勇者の一番弟子よの。君、名はなんと?」 「俺は……オクトーン。オクトーン=シェイバー、です」 「オクトーン……良い名だ。君の事情はジャンスティンからある程度は聞いている。随分と苦労したそうだな……だが、そんな君にだからこそ敢えて頼もう。伝説の勇者、ジャンスティン=シェイバーの技と知恵を継ぎし次代の勇者として、魔王を打倒してほしいと!」  図体に反して声は小さいな、とナタリーは思ったが、やはり王様にとっては大した問題ではなかったようで、力強く拳を握りしめながらオクトーンに勇者の称号と魔王討伐の任を託す。  ナタリーとしては、オクトーンのことが気になりすぎてどうも王様の言葉が耳に入ってこない。先ほどの緊張にプラスして、どんどん不安の感情も大きくなっていく。 「さあ、勇者オクトーンよ……その顔を私に、そしてここにいる皆に見せてくれ。これから魔王を討ち倒す、偉大なる勇者の顔を!」 「えぇ……? 顔……見せなきゃダメですか?」  やはり、わざわざ隠しているだけあって、どうも素顔を晒すことに抵抗があるらしい。  それも、この国の王に言われているのに、素直に首を縦に振れないほどの筋金入りだ。ナタリーの抱いた疑念はますます膨らんでいく。 「大丈夫、大丈夫だから。ある程度事情は説明してあるって言ったろ? だからほら、余計な心配せずそんな布取っちまえよ」 「……まあ、師匠がそう言うのなら……」  渋っていたオクトーンも、ジャンスティンに説得され決心ついたようだ。  まずは顔を覆う布を剥ぎ、頭から被ったフードも脱いで……ついにその素顔を王と、兵士たち、ナタリーの前で明かしたのだった。 「オークじゃん!! 勇者って……オークじゃん!!!」  思わずナタリーは叫んだ。何故ならオクトーンは、緑色の肌に鋭く尖った耳と牙、鬼のようにおそろしい顔をした凶暴亜人種……オークそのものだったのだから。
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