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これは私が体験した話である。
ある日、神奈川県の丹沢山系にある某山に登ろうと出掛けた。山頂への隠し道があると聞いたからだ。
麓に車を駐めると、いそいそと山を登り始めた。ところが、途中で隠し道は行き止まり、仕方なく登頂を諦めた。
山の麓まで降りると、遅い昼食をとろうと辺りを見わたした。
耳を澄ますと川のせせらぎが聴こえてきた。そちらに行くと小川を発見したので、そこで昼食をとることにした。
川原の石に腰を下ろして、弁当を開けようとした時だ。
いきなり、目の前に人影が出現した。
それは、ざんばらの白髪に黒いメイド服を着た老婆だった。
白粉を塗りたくった頬のこけた顔。黒い縁取りの瞳孔が開いた眼。両腕をハの字に開いて、虚空を見つめたまま仁王立ちしていた。
あまりの異様に驚きながらも、声を立てずに見つめていると、
「ご主人様。良い死に方と悪い死に方、ご希望はどちらですか?」
甲高いアニメ声。
メイド婆が口をパクパクさせながら訊いてきた。
そんなの選べるわけがない。
私は押し黙ったまま、弁当を食べていた。
「ご主人様。良い死に方と悪い死に方、ご希望はどちらですか?」
再度、メイド婆が問うてきた。
「……」
それでも無視して弁当を食べていると、
「ちっ」
くやしそうな舌打ちの声。
そして、メイド婆が目の前から掻き消えた。
呆気にとられながらも、弁当を食べ終わった。
私が驚きながらも怖がらなかったのは、昨晩に寝ぼけ眼で観たホラー映画の幽霊にメイド婆がそっくりだったからだ。
おそらく私の脳内イメージを盗んで、狐が化かしてきたのだろう。
私は苦笑しながらも、残しておいた油揚げを石の上に置いた。
この怪談を書くにあたり、件のホラー映画を久しぶりに視聴した。ところが、メイド婆はついぞ発見できなかった。
たしかに観たと思っていたのだ。では、山奥で見たあれは一体何だったのか?
今から十年前に遭遇した、摩訶不思議な体験である。
怪終
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