山奥のメイド

1/1
20人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 これは私が体験した話である。  ある日、神奈川県の丹沢山系にある某山に登ろうと出掛けた。山頂への隠し道があると聞いたからだ。  麓に車を駐めると、いそいそと山を登り始めた。ところが、途中で隠し道は行き止まり、仕方なく登頂を諦めた。  山の麓まで降りると、遅い昼食をとろうと辺りを見わたした。  耳を澄ますと川のせせらぎが聴こえてきた。そちらに行くと小川を発見したので、そこで昼食をとることにした。  川原の石に腰を下ろして、弁当を開けようとした時だ。  いきなり、目の前に人影が出現した。  それは、ざんばらの白髪に黒いメイド服を着た老婆だった。  白粉を塗りたくった頬のこけた顔。黒い縁取りの瞳孔が開いた眼。両腕をハの字に開いて、虚空を見つめたまま仁王立ちしていた。  あまりの異様に驚きながらも、声を立てずに見つめていると、 「ご主人様。良い死に方と悪い死に方、ご希望はどちらですか?」  甲高いアニメ声。  メイド婆が口をパクパクさせながら訊いてきた。  そんなの選べるわけがない。  私は押し黙ったまま、弁当を食べていた。 「ご主人様。良い死に方と悪い死に方、ご希望はどちらですか?」  再度、メイド婆が問うてきた。 「……」  それでも無視して弁当を食べていると、 「ちっ」  くやしそうな舌打ちの声。  そして、メイド婆が目の前から掻き消えた。  呆気にとられながらも、弁当を食べ終わった。  私が驚きながらも怖がらなかったのは、昨晩に寝ぼけ眼で観たホラー映画の幽霊にメイド婆がそっくりだったからだ。  おそらく私の脳内イメージを盗んで、狐が化かしてきたのだろう。  私は苦笑しながらも、残しておいた油揚げを石の上に置いた。  この怪談を書くにあたり、件のホラー映画を久しぶりに視聴した。ところが、メイド婆はついぞ発見できなかった。  たしかに観たと思っていたのだ。では、山奥で見たあれは一体何だったのか?  今から十年前に遭遇した、摩訶不思議な体験である。  怪終
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!